日本キリスト教団 赤羽教会

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[礼拝説教]神の約束はことごとく

大友英樹牧師
2018年2月4日
Ⅱコリント1:15-22

神の恵みの下に行動してきました。これが伝道者パウロの誇りでした。さらには、何のために、だれのために、神の恵みの下に行動してきたのかと言えば、あなたがたコリントの教会のためです。それゆえにあなたがたがわたしの誇りです。それゆえにパウロは一つの計画を立てました。《このような確信に支えられて、わたしは、あなたがたがもう一度恵みを受けるようにと、まずあなたがたのところへ行く計画を立てました》。

パウロはすでに2度、コリントを訪問しています。第1回は第2伝道旅行で最初にコリントで伝道したとき、使徒言行録18章にある1年6か月の開拓伝道でした。西暦50年~52年頃です。それからパウロは第3回伝道旅行では、およそ3年間エフェソで伝道しました。そのエフェソからコリントへ手紙を書きます。少なくとも4通は書いたであろうと思われます。コリントの第1の手紙より前に1通、コリント第1の手紙、涙の手紙と呼ばれる1通、そしてコリントの第2の手紙です。パウロはコリント第1の手紙と涙の手紙の間に、一度コリントを訪問しました。中間訪問と呼ばれています。その第2回目の訪問は、思わしくない結果となりました。課題を解決して、健やかな教会としてコリント教会が成長することを願って訪問したわけですが、その結果はかえって絡まってしまったという状況です。

そこでパウロは2つのことを考えました。一つはもう一度手紙を書くこと、二つめはもう一度訪問することです。手紙を書くことは行われました。2章4節に《わたしは、悩みと愁いに満ちた心で、涙ながらに手紙を書きました。あなたがたを悲しませるためではなく、わたしがあなたがたに対してあふれるほど抱いている愛を知ってもらうためでした》とあるように、涙の手紙と呼ばれる手紙です。この手紙は功を奏したことが7章に書かれています。

二つめの訪問は行われませんでした。すでにパウロはコリント第1の手紙16章でコリント訪問の計画があることを語っていました。《わたしはマケドニア経由でそちらに行きます。マケドニア州を通りますから、たぶんあなたがたのところに滞在し、場合によっては、冬を越すことになるかもしれません》。このときはパウロの代わりにテモテが遣わされます。さらにコリント第2の手紙1章では、先ほど読みましたように、《このような確信に支えられて、わたしは、あなたがたがもう一度恵みを受けるようにと、まずあなたがたのところへ行く計画を立てました。そしてそちらを経由してマケドニア州に赴き、マケドニア州から再びそちらに戻って、ユダヤへ送り出してもらおうと考えたのでした》。少し順番が違いますが、いずれにしてもコリントを訪問しようと計画を立てました。しかし実現しませんでした。23節には《神を証人に立てて、命にかけて誓いますが、わたしがまだコリントに行かずにいるのは、あなたがたへの思いやりからです》とその理由が語られています。このようにコリント訪問の計画がありましたが行われず、テトスがコリントへ行くことになりました。

そのような計画だけで訪問しないパウロの態度に、コリントの教会の中には不満に思う人々がいました。2回目の訪問では課題を解決することができず、かえって絡まってしまい、溝ができてしまったではないかという不満もあったことでしょう。訪問計画があると言っては、たびたびその予定を変更して信用ができないとか、優柔不断であるとか、無計画であるというような不平不満があったようです。17節に《このような計画を立てたのは、軽はずみだったでしょうか。それとも、わたしが計画するのは、人間的な考えによることで、わたしにとって「然り、然り」が同時に「否、否」となるのでしょうか》とありますが、通常こうした問いには、「いいえ、そうではありません」という否定する答えが前提となっています。しかしコリント教会の中には、このパウロの問いに「いいえ、そうではありません」とは答えないで、「その通り、その計画は軽はずみでした」、「その通り、その計画は人間的な考えでした」と答える人々がいたようです。そのように思っている人々がいたようです。もし2000年前のコリントにタイムスリップすることができたとすれば、わたしたちも同じような思いをもつかもしれません。コリントの教会の人々の中には、「パウロは手紙は重々しいが、実際に会ってみると弱々しく、話もつまらない」と言う者たちがいました。わたしたちもそう思うかもしれません。なぜでしょうか。

パウロは自分を守ろうとはしません。自己弁護のようなことはしていません。自分がコリント教会の開拓者であると言って支配しようとしてはいません。ただ神さまを指し示します。18節《神は真実な方です。だから、あなたがたに向けたわたしたちの言葉は、「然り」であると同時に「否」であるというものではありません》。「神は真実な方です」。この御言葉は、Ⅰコリントの手紙1:9、10:12、そしてこの箇所とコリントの手紙に流れている神さまへの信仰告白です。わたしがたとえ真実でなくても、神は真実な方です。わたしがたとえ信頼できなくても、神は信頼できる方です。わたしがたとえ最善をなすことができなくても、神は最善にしてくださる方です。そういう神さまへの信仰告白です。

このような信仰告白に立って、パウロは語ります。《神は真実な方です。だから、あなたがたに向けたわたしたちの言葉は、「然り」であると同時に「否」であるというものではありません。わたしたち、つまり、わたしとシルワノとテモテが、あなたがたの間で宣べ伝えた神の子イエス・キリストは、「然り」と同時に「否」となったような方ではありません。この方においては「然り」だけが実現したのです。神の約束は、ことごとくこの方において「然り」となったからです。それで、わたしたちは神をたたえるため、この方を通して「アーメン」と唱えます》。神が真実なお方であるゆえに、神の福音宣教の言葉は「然り」、神の子イエス・キリストの御業は「然り」、神の約束はことごとく「然り」というように、「然り」「然り」と言葉が重ねられます。この「然り」という言葉は、「ナイ」という言葉です。この言葉は「そうです。たしかに」というような肯定したり、確認したりするときに用いられます。《主よ、ごもっともです。しかし子犬も主人の食卓から落ちるパン屑はいただくのです》と言ったカナンの女の言葉「ごもっともです」もそうです。「そうです」と確認しています。イエスさまはその女性の信仰をおほめになりました。

ここではさらに「然り」と「アーメン」が結びついています。《神の約束は、ことごとくこの方において「然り」となったからです。それで、わたしたちは神をたたえるため、この方を通して「アーメン」と唱えます》。ヨハネ黙示録を見ますと、「然り」と「アーメン」が結びついているのを見ます。「アーメン」とは礼拝の言葉です。祈りの言葉です。信仰告白の言葉です。神さまは真実なお方であるゆえに、すべてのことにおいて、善にして善をなしてくださるお方です。神の約束はイエスさまによって「然り」、確かになされたゆえに、ただアーメンと語る。神さまの御業はアーメンである。神さまがなしてくださることは、悉くアーメンである。神さまが導いてくださることは、悉くアーメンである。神さまは最善のことをなしてくださるに相違ないゆえに悉くアーメンである。パウロでさえも、その立案した計画が果たされず、人間関係の困難がある。そのなかでコリント教会の中に不平不満が湧き出てくる。それは神が見えなくなってしまうからです。教会の中に「神さまがことをなしてくださっている。アーメン」という信仰告白が見出されないからです。神は真実なお方でありたもう。アーメン。神はすべてイエスさまによって「然り」のみを実現する。アーメン。神は最善以下のことをなさることはない。アーメン。神さまにことごとくアーメンと唱えることができる者は、なんと幸いでしょうか。アーメンと唱える信仰の言葉が響いている教会は、なんと幸いでしょうか。《神の約束は、ことごとくこの方において「然り」となったからです。それで、わたしたちは神をたたえるため、この方を通して「アーメン」と唱えます》。

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