日本キリスト教団 赤羽教会

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[礼拝説教]キリストの香り

大友英樹牧師
2018年3月4日
Ⅱコリント2:12-17

パウロはコリント教会のために祈り、涙の手紙と呼ばれる手紙を送って、悔い改めを迫りました。それはコリント教会の全体というよりも、「その人」と言われている一部の者であったようです。パウロはコリントに送られていたテトスからの知らせを受けて、パウロの手紙が功を奏して、コリント教会の「その人」が悔い改め、また教会も悔い改めている様子を聞いて大いに喜びを経験いたしました。そしてパウロはこのⅡコリントの手紙を書くことになります。今、コリント教会に必要なことは赦しであること、赦す愛であることを勧めます。赦しこそが最も素晴らしい贈り物であるからです。そのようなことを語ったパウロは、今日の聖書の箇所から、コリント教会の様子をテトスから聞くまでの経過について語りはじめます。

 

 パウロはエフェソにいました。使徒言行録によれば、およそ3年間エフェソで伝道しています。エーゲ海の東にあるエフェソは、20万人ほどの都市でローマ帝国の中では比較的人口の多い都市でした。貿易が盛んで、アルテミス神殿は古代世界の七不思議の一つと数えられていました。それは総大理石の建物で、アルテミスはギリシア神話の女神として、多産の神、豊穣の神として祀られておりました。パウロは「手で造ったものなのは神ではない」と偶像礼拝を真正面から批判して、天地の創造者、主なる神を宣べ伝えていたのであろうと思われます。そうした中で、コリント教会のことがパウロの心に気にかかることでした。あの涙の手紙を送り、そしてテトスを派遣しましたが、どうなったかのだろうかと気にかかります。使徒言行録19章には、そうしたエフェソでの3年間の伝道の後に、パウロはエフェソからマケドニア州とアカイア州を通ってエルサレムに行く計画を立てています。マケドニア州にはフィリピやテサロニケ教会があり、アカイア州にはコリント教会がありました。それらの教会を巡回してまわり、エルサレムに行こうという計画です。

 

 エフェソから北に200kmぐらいのところにトロアスがあります。そこはかつてパウロが第2回伝道旅行のとき、「マケドニア州に渡って来て、わたしたちを助けてください」というマケドニア人の幻を見て、アジアからヨーロッパに渡ることを決意したところです。パウロはこの幻が神さまの導きであると確信して、マケドニア州に渡ります。そしてフィリピやテサロニケ教会が生まれます。さらにアカイア州に進んでコリント教会が生まれます。まさにそのようなマケドニア伝道、アカイア伝道の出発点がトロアスです。パウロはなぜトロアスに行ったのでしょうか。13節には《兄弟テトスに会えなかったので》とありますから、コリントに遣わしていたテモテに少しでも早く会いたかったということだったのかもしれません。使徒言行録20章にはマケドニア州から船に乗りますと5日間でトロアスの港に着いたとありますから、トロアスが落ち合うところとして都合が良かったとも考えられます。いずれにしましても、パウロはトロアスにやって来まして、テトスに早く会いたいと思っていたようです。その一方で《キリストの福音を伝えるためにトロアスに行った》ともありますから、ただテトスと落ち合おうということではありませんで、このときを用いてキリストの福音を宣べ伝えていきます。そのために主が門を開いてくださった、つまり信じる者たちが次々に与えられていきました。しかしパウロは冬になって船でトロアスに渡る季節でなくなったとき、陸路マケドニア州に向かって出発いたしました。そのときの思いをパウロは告げています。13節《兄弟テトスに会えなかったので、不安の心を抱いたまま人々に別れを告げて、マケドニア州に出発しました》。そしてそれに続けて、マケドニア州でテトスに出会って、コリント教会の様子を聞いて慰めを受けた様子を書いていこうとします。

 

 しかしパウロは14節で突然《神に感謝します》と歓呼の声を挙げはじめます。パウロは順序立てて、マケドニア州でテトスに出会って慰められて、大いに喜び感謝したと書いていこうと考えていたのでありましょうが、ここにきてその喜びが大きくなってしまい、順序立てて書いていこうとしていたものを割って入るようにして、神さまへの歓呼の声を挙げて、そこからこの手紙の中枢の部分に入っていくことになります。それが74節まで続きます。パウロの中に溢れ出る喜び、感謝、そういったものが手紙の途中であっても、それに割り込むようにして語られます。14節からのパウロの歓呼の声は、凱旋行進の様子になぞらえて語られていきます。わたしたちはどういう者なのか。キリスト者とはどういう者なのかということを語ります。

 

 

 

 まず第1にキリスト者とはキリストの凱旋行進に連なる者であります。14節《神に感謝します。神は、わたしたちをいつもキリストの勝利の行進に連ならせ、わたしたちを通じて至るところに、キリストを知るという知識の香りを漂わせてくださいます》。わたしたちはいつもキリストの勝利の行進に連なっています。それは時々ではなく、いつも、常にです。聖書には様々な比喩で信仰生涯を表現することがありますが、ここでは道端で凱旋行進を見物しているのではなくて、キリストの勝利の行進の中に立っています。わたしたちは道端ではなく、道の真ん中を通って勝利の行進をしていくのです。マルコ10章にエリコの道端に座っていた盲人が、イエスさまに「わたしを憐れんでください」と切に願って目が見えるようになったとき、《盲人は、すぐ見えるようになり、なお道に進まれるイエスに従った》とあります。それは道端に座っていた者が、道の中に入ってイエスさまに従って行ったということです。道端で目が見えるようになって喜んでいるのではなくて、道の中に入ってイエスさまに従い、その勝利の行進に加わったのです。勝利の行進を見るものではなく、勝利の行進に連なる者、それがキリスト者であります。コロサイの手紙2章には《神は、わたしたちの一切の罪を赦し、規則によってわたしたちを訴えて不利に陥れていた証書を破棄し、これを十字架に釘付けにして取り除いてくださいました。そして、もろもろも支配と権威の武装を解除し、キリストの勝利の列に従えて、公然とさらしものになさいました》ともあります。それまでわたしががんじがらめになっていた罪や様々な習慣や規則が廃棄されて、キリストの十字架によって赦され解放され、キリストの勝利の列に加えられて戦利品のように公然とさらしものにされている。そうした救いの恵みを勝利の行進に連なっているのがキリスト者であります。あなたはどこにいるのでしょうか。道端ではなくて、キリストの勝利の行進に連なっています。それは教会に連なる姿であります。

 

 

 

 第2にはキリスト者とは香りを放つ者であります。15節《救いの道をたどる者にとっても、滅びの道をたどる者にとっても、わたしたちはキリストによって神に献げられる良い香りです》。凱旋行進は、まず先頭にその町の議員や官吏たち、その次に戦利品が続きます。そして捕虜となった者、その後に彼らを監視する者が続いて、その後ろに香炉を振ってかんばしい香りを振りまく祭司たち、そしてその後に王が登場します。その後ろには多くの者が歓呼の声を挙げながら隊列を組んで進んで行きます。この凱旋行進に譬えるならば、わたしたちキリスト者は王であるキリストの前で香炉を振りながらかんばしい香りを放っている者です。この「良い香り」ユーオーディアという言葉で、その前後の14節、16節にあります「香り」とは違う特別な意味を言葉です。それは旧約聖書で犠牲がささげられてその煙が天に昇って神さまに届けられるという罪の贖い、罪の赦しということです。ですからここでは《キリストによって神に献げられる良い香りです》となっています。その香りは、キリストが犠牲となって十字架にご自身をささげられて、御自身をかんばしい香りとしてささげられたその香りです。わたしたち自身が香りを放っているのではありません。キリストが十字架によって犠牲の香ばしい香りを神さまにささげてくださいましたということを証しする、賛美する、ほめたたえる、証言するのであります。このユーオーディアは英語ではアロマと訳されていますから、キリストの良い香りがわたしにうつって、それがキリストの香りとして放たれていくというようにイメージすることができます。しかもこの香りは分水嶺となるというのです。15節に《救いの道をたどる者にとっても、滅びの道をたどる者にとっても》、16節に《滅びる者には死から死に至らせる香り、救われる者には命から命に至らせる香りです》。救いか滅びか、死か命か。わたしたちがキリストから託されている香りは、霊的な意味で生死を左右します。それはイエス・キリスト以外に救いがないからです。ですからわたしたちがお会いする人々は、わたしたちに託されているキリストの良き香りによって、救いの道をたどるのか、それとも滅びの道をたどるのか。キリストに出会うのか、出会わないのか。大きな分水嶺になります。それがわたしたちに託されています。《このような務めにだれがふさわしいでしょうか》とは、パウロだけでなく、わたしたちの叫びです。しかし神さまのわたしたちにそれを託しておられます。

 

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