日本キリスト教団 赤羽教会

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[礼拝説教]イースターの目撃者

大友英樹牧師
2019年4月29日
マルコ15:33~16:8   

イースターの朝を迎えました。この日、30年4月9日の朝早く、イエスさまは復活されました。死人の中からよみがえられました。より正確に言いますと、自分で復活したのではなくて、神さまが復活させてくださいました。すでにイエスさまは3回、自分はエルサレムで祭司長、長老、律法学者たちによって殺され、3日目に復活すると語っておられました。このことがまさしく実現したのが十字架と復活です。イエスさまの弟子たちは、そのイエスさまのお言葉を信じて待っていたかといえば、必ずしもそうではありませんでした。イエスさまにとって最も重要なとき、十字架と復活のとき、その目撃者となったのは弟子たちではありませんでした。今日のマルコ福音書では、はじめの1章のところでイエスさまがペトロ、アンデレ、ヤコブ、ヨハネという4人を弟子としたことが語られています。それ以来、イエスは弟子たちと共に歩まれました。その弟子たちは、14章でペトロがイエスさまを知らないと言ってしまったところからは登場してきません。最も重要な十字架の場面でも、復活の場面でも、その目撃者となっているのは何人かの女性たちでした。

15:40にはどういう女性がいたかが語られています。まずマグダラのマリア、彼女はガリラヤ湖西岸の町マグダラの出身でイエスさまから病気を癒していただいた経験がありました。次に小ヤコブとヨセの母マリア、この福音書を最初に読んだ人々には知られていた女性であったののでしょうが、わたしたちには彼女についてはよくわかりません。ただイエスさまと弟子たち一行の世話をしながら、ガリラヤ地方から従ってきた女性たちでした。そしてサロメ、マタイ福音書ではゼベダイの子らの母とありますから、イエスさまが最初に弟子した4名の中のヤコブとヨハネの母であったようです。41節には、その他にも多くの婦人たちがイエスさまと共にエルサレムに上ってきていたとあります。彼女たちが目撃者となります。3つのことを目撃しました。

 

一つめの目撃は、イエスさまが十字架にかかられたことを目撃しました。イエスさまは何も罪を犯すことなく、間違ったことをしたわけではありませんでした。ただ御自分が神の子であると語り、神殿を批判したと言って、神を冒涜する者だとされたわけです。当時のユダヤはローマ帝国の支配下にありましたから、ローマの総督ポンテオ・ピラトの手で、最も惨たらしい極刑である十字架につけられることになります。エルサレムの郊外、ゴルゴタの丘と呼ばれるところに十字架が立てられました。イエスさまは朝9時に十字架につけられ、昼の12時には全地は暗くなり、午後3時に大声で叫ばれます。十字架につけられると、自分の体重の重さでだんだん息ができなくなります。そのとき最後の力を振り絞って、「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ」と詩編22編の最初の箇所を叫ばれます。すべての者の罪を、過去、現在、未来の全人類の罪を背負われて、ご自身を罪に贖いささげられる叫びです。そのとき神殿の中にある垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂けた。そしてイエスさまの十字架を見張っていたローマの百人隊長は「本当にこの人は神の子であった」と告白します。多くの人々がその光景を見ました。その中に遠くからでしたが、マグダラのマリアなど女性たちが目撃者になりました。たしかにイエスさまは十字架にかけられたという目撃者です。

 

二つめの目撃は、イエスさまが墓に葬られたことを目撃しました。15:42には《すでに夕方になった。その日は準備の日、すなわち安息日の前日であった》とあります。ユダヤのカレンダーでは日没から新しい1日がはじまるので、安息日がまもなく始まろうとしていました。午後3時に十字架で息を引き取られたイエスさまの遺体を葬らなければなりませんでした。今年の受難日の金曜日、エルサレムの日没時刻は午後7時10分でした。あと4時間もすれば安息日になってしまって、何もできなくなってしまいます。急いでイエスさまの埋葬がなされます。ヨセフという身分の高い議員が勇気を出してピラトのところに行って、イエスさまの遺体を渡してくれるように願います。十字架にかけられますと、2~3日苦しみながら死んでいくのが普通でありました。ですからピラトはもう死んでしまったのかと不思議に思って確認したうえで、イエスさまの遺体を渡しました。ヨセフはイエスさまの遺体を受け取ると、岩を掘ってつくったお墓に納め、その入り口に大きな石を転がして蓋をして安息日を迎えることになります。

ヨセフはイエスさまの弟子であったようですが、身分の高い議員としては、反逆の罪で十字架にかけられたイエスさまの遺体を引き取ることはたいへんな勇気がいることでした。またヨセフが身分の高い議員であったゆえに、イエスさまの遺体を引き取ることができたとも言えます。もしマグダラのマリアたちが求めても門前払いであったことでありましょう。彼女たちはその埋葬の様子を一部始終見つめていました。47節《マグダラのマリアとヨセの母マリアとは、イエスの遺体を納めた場所を見つめていた》。彼女たちはイエスさまの埋葬の目撃者になります。たしかにイエスさまは死なれ、ここに葬られたのだという目撃者です。

 

最後に三つめの目撃は、イエスさまが復活されたことを目撃しました。マグダラのマリアたちは、安息日が終わるとイエスさまの遺体に塗る香料を買いました。そして次の朝、日曜日の朝早く、日が出るとすぐ、今日のエルサレムの日の出は6時3分です。急いで埋葬した墓に向かいます。しかしその墓の入り口の石は転がされていて、墓の中にはイエスさまの遺体がありませんでした。そこにいたのは白い長い衣を着た若者が座っていました。神に仕える天使です。彼が語るには《驚くことはない。あなたがたは十字架につけられたナザレのイエスを捜しているが、あの方は復活なさって、ここにはおられない》。その後には、婦人たちは墓を出て逃げ去った。震え上がって、正気を失った。そして恐ろしかったので、誰にも何も言わなかったと語られています。墓は空であった。それがイエスさまの復活のしるしです。彼女たちはそれを見ました。その空の墓の目撃者です。しかし恐ろしかった。正気を失うほどだった。なぜでしょうか。死んだ者が復活することは前代未聞のことだからです。神さまの御業が起こったからです。復活というのは、ただ霊魂はずっと生きているとか、千の風の歌のように世界中を行き巡っているという家族を守っているというようなことではありません。そうではなくて、復活は目撃することができる神さまの御業です。彼女たちは空の墓を目撃しました。その後、復活されたイエスさまが御自身を現してくださいました。Ⅰコリント15章には復活されたイエスさまの目撃者のリストがあります。

 

聖書はマグダラのマリアなど、女性たちが目撃者となったと語ります。イエスさまが十字架にたしかにかけられたこと、イエスさまがたしかに死んで墓に葬られたこと、そしてイエスさまの墓がたしかに空となっていたこと、つまり復活されたことを語ります。この目撃者たちが、聖書にあるイエスさまの十字架と復活は本当のことなのだと証ししてくれます。

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