日本キリスト教団 赤羽教会

日本キリスト教団 赤羽教会

<< 前週「」 | 「わたしの召命」 | >>

[礼拝説教]わたしの召命

大友英樹牧師
2019年8月7日
ガラテヤ1:1~5 

このガラテヤの信徒への手紙は、他のパウロの13の手紙と同じように挨拶からはじまります。それはパウロは自分がどういう者なのかを語ることでもあります。おそらくこのガラテヤの手紙は、パウロの残している手紙の中でも早い時代の手紙であろうと考えられます。使徒言行録13章からパウロは第1回目の伝道旅行へと出発します。巻末の地図7にその伝道旅行の行き先があります。シリアのアンティオキアの教会から、聖霊によって派遣されたパウロとバルナバはキプロス島に渡り、そしてパンフリア州、ピシディア州、イコニオン、リストラ、デルべという町々を巡回して行きます。

 

次に使徒言行録15章には、エルサレム会議という教会会議が開催されました。49年頃のことです。パウロはその会議にアンティオキアの教会を代表して、バルナバと共に参加しました。そこでは第1回目の伝道旅行の報告がなされました。その報告を聞き、議論がなされて、ペトロが立ちあがります。《兄弟たち、ご存じのとおり、ずっと以前に、神はあなたがたの間でわたしをお選びになりました。それは異邦人がわたしの口から福音の言葉を聞いて信じるようになるためです。人の心をお見通しになる神は、わたしたちに与えてくださったように異邦人にも聖霊を与えて、彼らをも受け入れられたことを証明なさったのです。また彼らの心を信仰によって清め、わたしたちと彼らとの間に何の差別をもなさいませんでした。それなのに、なぜ今あなたがたは、先祖もわたしたちも負いきれなかった軛を、あの弟子たちの首に懸けて、神を試みようとするのですか。わたしたちは、主イエスの恵みによって救われると信じているのですが、これは、彼ら異邦人も同じことです》。こうしてエルサレム会議が終わり、パウロは再びアンティオキアに帰って、第2回目の伝道旅行に出発します。それが巻末地図8になります。

第2回目の伝道旅行は、第1回目の伝道旅行で訪れた町を再訪する計画でした。バルナバがキプロス島に渡って行きましたので、パウロはシラスと共に陸路でデルべ、リストラと進んで行くことになりました。その第2回目の伝道旅行のときに、使徒言行録16章6節には《さて、彼らはアジア州で御言葉を語ることを聖霊から禁じられたので、フリギア・ガラテヤ地方を通って行った》とあります。このフリギア・ガラテヤ地方というのは、第1回目の伝道旅行で訪れたイコニオン、ピシディアのアンティオキアあたりの地方のことであろうと考えられます。そこでこの手紙が送られているガラテヤ地方の諸教会というのが、こうした第1回、第2回の伝道旅行で巡回した地方の諸教会であろうと考えられます。そうであれば、6節に《キリストの恵みへと招いてくださった方から、あなたがたがこんなにも早く離れて、ほかの福音に乗り換えようとしていることに、わたしはあきれ果てています》と言っていますから、この手紙は第2回目の伝道旅行の最中、おそらくコリントの町で伝道していたときということであれば、テサロニケの信徒への手紙が書かれた後、50年~51年頃に書かれたものでありましょう。

パウロの手紙は通常はコリントとか、ローマというような一つの町にある教会に宛てたものですが、ガラテヤの手紙はガラテヤ地方の諸教会へとなっています。その範囲は大きく、そしてそれだけパウロが取り上げる課題が広範囲にわたっていることを指しています。それは何かと言えば、大きく言えば二つ上げることができます。一つはパウロが使徒であること、もう一つがキリストの福音の内容であります。今日の聖書箇所であるガラテヤの手紙の冒頭部分では、この手紙が取り上げようとしている二つの課題が挙げられています。そして1章6節からパウロの使徒性について、3章からがキリストの福音の内容ということになります。

今日はこの手紙の冒頭部分、その中でも第1の課題であるパウロの使徒性について語るところを学びたいと思います。手紙の冒頭部分は、差出人の名前がありますから、まずパウロとあります。これはペトロの手紙やヤコブの手紙でも同じように、その冒頭部分はペトロ、ヤコブと書き始めています。同じようにガラテヤの手紙もパウロと書きはじめますが、その次には使徒が続きます。日本語と語順が違いますのでわかりづらいところがありますが、パウロは「パウロ、使徒」と書きだしています。つまり「わたしは使徒である」、「使徒パウロである」という強調です。同じようにパウロの使徒性ということについて取り上げているⅡコリントの手紙の冒頭部分を比べてみますと、同じく「パウロ、使徒」と書き出しています。そうしたところにも、パウロがいかに自らの使徒性ということについて確信を持っていたかがわかります。

使徒というのは、ルカ福音書を見ますと、イエスさまが弟子たちの中から12人を選んだときに、彼らを使徒と名づけられたとあります。イエスさまが使徒たちを選ばれたのは、自分のそばにおいて訓練し、派遣して宣教させ、悪霊を追い出す権能を持たせるためでありました。そして二人ずつ宣教に派遣されて行きました。さらにイエスさまの十字架と復活ののち、ペンテコステまでの間に、ユダに代わる使徒が選ばれます。その使徒はイエスさまと共に生活し、その天に上げられた日までいつも一緒にいた者、そして何よりもイエスさまの復活の証人でなければならないということでした。そしてくじ引きでマティアが選ばれました。ペンテコステによって聖霊が注がれて、エルサレムに教会が生み出されます。そこに使徒たちが教会のリーダーとして立てられます。12人の使徒たち、ペンテコステの聖霊の注ぎを一緒に祈り求めていたイエスさまの兄弟、主の兄弟ヤコブも使徒としての役割を担います。そういう意味で言いますと、使徒というのは限定されています。イエスさまの復活の目撃者がすべて使徒ということではありません。ペンテコステの聖霊の注ぎを祈っていた120人ほどの人々も全員が使徒ではありません。Ⅰコリント15章にはイエスの復活は500人以上の人々が目撃したとありますが、彼らは使徒ではありません。そういう意味で言えば、パウロは最初からイエスさまと共にいたわけではありませんし、復活の証人でもありませんし、かえって福音の反対者、迫害者であります。主の兄弟たちを脅迫し、殺そうと意気込んで、大祭司のところに行ってダマスコの諸会堂宛ての手紙を求めてこの道に従う者を見つけ出したら、縛り上げてエルサレムに連行しようとしていました。おおよそ使徒としてのかけらもありません。そんなパウロが使徒として選ばれ、立てられます。その次第は11節以下にありますから、そのところで取り上げたいと願っています。先走って言えば、そのダマスコに向かう途上、天からの光に照らされて、パウロは回心します。この回心の出来事、これがパウロを使徒とする決定的なことでした。そこでイエス・キリストに出会い、使徒として立てられます。

パウロの使徒性は、ただこのイエス・キリストとの出会い、回心の出来事に根拠があります。ですから《人々からでもなく、人を通してでもなく、イエス・キリストと、キリストを死者の中から復活させた父である神とによって使徒とされたパウロ》と語ります。「人々からでもなく」、エルサレム教会の使徒たちのお墨付きをいただいたからでもなく、「人を通してでもなく」、ペトロとか、ヤコブとかという指導者の推薦をいただいたからでもなく、ただイエス・キリストとイエス・キリストを死者の中から復活させた父である神とによって使徒とされたという確信です。Ⅰコリント15章には「最後に月足らずで生まれたようなわたしにも現われました」とありますが、ダマスコ途上での天からの光に照らされ、復活されたイエス・キリストに出会う経験のことを語っているわけです。神さまのあわれみ、選びによって、こんなわたしにダマスコ途上で復活されたイエスさまが出会ってくださった。そしてわたしを使徒として遣わしてくださった。その確信です。

教会の歴史はパウロがまさに使徒として選ばれたこと、立てられたこと、遣わされたことを証ししています。パウロが使徒として選ばれなければ、立てられなければ、遣わされなければ、キリスト教会はどうなっていたことでしょうか。パウロをして使徒として立ち続けたのは、強い確信です。それは人間的な確信ではありません。人々からでも、人からの確信ではない。自分の確信でもありません。イエス・キリストに出会って回心した確信です。父なる神が与えてくださった復活の主との出会った回心した確信です。それがパウロにとってのわたしの召命です。わたしの個人的なイエス・キリストとの人格的な出会いです。このわたしの召命こそが、パウロをして使徒として立たせます。

使徒の時代は終わりました。しかし使徒的な信仰は続いています。パウロのように使徒として立てられることはなくなりました。しかし使徒的な信仰者は立てられなくてはなりません。パウロはたいへん重要なことを語っています。わたしたちの信仰は様々な出会いの中で導かれていきます。わたしを信仰へと導いてくれた人々もいれば、特別な人もいます。パウロにしてもアナニアがいなければ、バルナバがいなければ、アンティオキアの教会の人々がいなければ、どうなっていたかしれません。しかし決定的なのは、《人々からでもなく、人を通してでもなく》とあるように、まことの人格的な出会いはイエス・キリストとの出会いです。個人的なイエスさまとの出会いです。それがわたしの召命です。それが確かであるかどうかが重大です。わたしはイエスさまに出会って、クリスチャンとして選ばれている、立てられている、遣わされているという確信です。

 

 

 

<< 前週「」 | >>
日本基督教団 赤羽教会
〒115-0042 東京都北区志茂2-56-4 TEL03-3901-8939 FAX03-3901-8990
このページは、自称赤羽web委員会(略してAWA)により作られています。