日本キリスト教団 赤羽教会

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[礼拝説教]異邦人のための福音

大友英樹牧師
2019年9月22日
ガラテヤの信徒への手紙2章1-10節

   パウロはイエスさまが十字架に死なれ、復活されてから、2年ほどたたったとき、息を弾ませて神の教会を迫害していました。パウロは律法の専門家であり、律法を守ることには人一倍熱心でありました。そんなパウロの言葉では「先祖からの伝承を守るのに人一倍熱心で、同胞の間では同じ年頃の多くの者よりもユダヤ教に徹しようとしていました」とあります。そんなパウロがダマスコ途上でイエスさまに出会います。イエス・キリストの啓示を受けます。そしてパウロは3日間目が見えなくなってしまい、祈っているなかで、神さまがこんなわたしを母の胎にあるときから選び、恵み、召し出してくださったことを確信します。イエスさまの福音を宣べ伝える者となるために、これまで律法の学びを積み重ねてきたことも、教会を迫害する者であったことも含めて、神さまの御心であったという確認に立ちます。そしてパウロはアラビアに退き、再びダマスコに戻って福音を宣べ伝えていました。

 1章18節からは、その3年後にパウロがエルサレムに行ったことが記されています。そこでは15日間滞在して、ペトロと主の兄弟ヤコブだけに会ったとありますが、何をしたかは記されていません。使徒行伝9章ではバルナバがパウロをエルサレムの使徒たちに紹介したことになっていますが、ここには一切記されません。使徒行伝に従えば、パウロがイエスさまの出会ったという啓示経験、救いの経験、また伝道の様子がエルサレム教会に受け入れられて、親しい交わりをしたことになっています。

ガラテヤ書のように全く何もエルサレム教会と交流がなかったのか、それとも使徒行伝のようであったのかはわかりませんが、はっきりしていることは、この後パウロはシリアとキリキア地方に伝道にいったことです。それは約14年間のことでした。その間に第1伝道旅行(使徒13~14章)も行われます。しかしその働きは23節の言葉にあるように、パウロの栄誉ではなく、神の栄光のためであったことを忘れてはなりません。すべてのこと神に栄光を帰することが相応しいからです。

 それから14年後、パウロは再びエルサレムに上京します。それはエルサレム会議(49年ごろ)のためでした。エルサレム会議については、使徒行伝15章にも記事があります。それによると、救われるためには律法に従うこと、特に割礼を受けなければならないと主張するユダヤ的キリスト教が、パウロのただイエス・キリストを信じる信仰のみという福音的キリスト教を批判したことによって論争が起きたためにこの会議が開かれたということになります。この会議の構成メンバーは、①パウロとバルナバ(福音的キリスト教)、②偽の兄弟(ユダヤ的キリスト教)、③ペトロとヤコブ(エルサレム教会)の3つのグループによっていました。そしてこのエルサレム会議の結果、8節に《割礼を受けた人々に対する使徒としての任務のためにペトロに働きかけた方は、異邦人に対する使徒としての任務のためにわたしにも働きかけられたのです》とあるように、パウロは異邦人のための福音を宣べ伝える使徒として立てられて行くことになります。

 それでは異邦人のための福音とは何でしょうか。異邦人のための福音ということは、わたしたちもユダヤの民ではありませんので異邦人ですから、わたしたちのための福音ということでもあります。わたしたちはどういう福音を信じているのでしょうか。どういう福音によって救われているのでしょうか。

まず第1は福音の真理に留まることです(5節)。《福音の真理が、あなたがたのもとにいつもとどまっているように、わたしたちは、片ときもそのような者たちに屈服して譲歩するようなことはしませんでした》。異邦人のための福音は、真理そのものということです。それは福音的キリスト教です。パウロがこのエルサレム会議で戦わなければならなかったのは、福音の真理のためでありました。2節にはその会議ではパウロが伝えている福音を示したとあります。《わたしは、自分が異邦人に宣べ伝えている福音について、人々に、とりわけ、おもだった人たちには個人的に話して、自分は無駄に走っているのではないか、あるいは走ったのではないかと意見を求めました》。この福音こそ、すこし先になりますが2:16にある「キリストへの信仰によって義と認められる」という信仰義認と呼ばれるものを内容とするものでした。そこには明確に福音的キリスト教を語っています。《けれども、人は律法の実行ではなく、ただイエス・キリストへの信仰によって義とされると知って、わたしたちもキリスト・イエスを信じました。これは、律法の実行ではなく、キリストへの信仰によって義としていただくためでした。なぜなら、律法の実行によっては、だれ一人として義とされないからです》。これが福音の真理であるというのがパウロの主張でした。

 しかしこの会議では、ユダヤ的キリスト教からは律法遵守が要求されました。使徒言行録15章には、ユダヤ的キリスト教の要求が語られています。《ある人々がユダヤから下って来て、「モーセの慣習に従って割礼を受けなければ、あなたがたは救われない」と兄弟たちに教えていた》。彼らはこう考えたのでしょう。神の民というのは、アブラハムに命じられたように、割礼受けて神の民に加わることができる。クリスチャンも神の民になるのだから割礼を受けなければならない。イエスさまを信じるだけでは神の民にはなることができないということでしょう。パウロに言わせれば、神の民が旧約聖書のままであるならばそれでいいでしょうが、エレミヤが預言した新しい契約がイエスさまの十字架によって成就された以上、新しい神の民が造られたのです。新しい神の民は、神の教会は、ただイエスさまを信じる信仰によってのみ加えられる。福音の真理は、律法によってではなくて、イエスさまを信じる信仰によって救われることにあります。パウロはもちろん律法を否定しません。律法は聖なるものであり、神のみこころがそこにあります。しかし同時に律法によって罪が明らかになり、律法によって罪が重荷となります。パウロはそこのことをよく知っていました。律法の点では落ち度がなかったと言っているパウロでさえ、救いの確信は、律法によってではなくて、イエスさまを信じることではじめてもたらされました。異邦人にそのような重荷を背負わせてはならない。福音の真理を他のもので覆ってはならない。

 二つめは福音の自由です(4節)。《潜り込んで来た偽の兄弟たちがいたのに、強制されなかったのです。彼らは、わたしたちを奴隷にしようとして、わたしたちがキリスト・イエスによって得ている自由を付けねらい、こっそり入り込んで来たのでした》。キリスト・イエスによって得ている自由をつけ狙って、それを奪って律法の奴隷にしてしまおうとしている。福音の自由が狙われている。福音の自由、キリスト・イエスによって得ている自由、それは端的に言えば、罪赦された自由です。罪の奴隷からの自由です。5章1節に《この自由を得させるために、キリストはわたしたちを自由の身にしてくださったのです。だから、しっかりしなさい。奴隷の軛に二度とつながれてはなりません》とあるように、キリストの十字架がわたしたちを罪から解放してくださいました。

 このエルサレム会議には、パウロはテトスを同行させました。3節に《しかし、わたしと同行したテトスでさえ、ギリシア人であったのに、割礼を受けることを強制されませんでした》とあるように、テトスは異邦人でした。パウロの異邦人伝道の実りでした。テトスはパウロの伝道旅行に同行して、補助者として奉仕している若者でした。なぜテトスがエルサレム会議に同行させたのでしょうか。異邦人のための福音の証人であるからです。パウロが語ること、報告することの実証が、テトスなのです。テトスははっきりと大胆に証しをしたことでありましょう。「わたしはパウロ先生からイエスさまの十字架と復活のメッセージを聞いて、このイエスさまを信じて、罪を悔い改めて、罪赦されて救っていただきました。わたしは罪から解放されて、福音に生きる自由が与えられています」というような証しをしたのでありましょう。テトスの証しの言葉を前にするときに、割礼を強制されることはありませんでした。割礼の有無は問題ではない。たしかにこの異邦人であるテトスは、イエスさまを信じて罪赦されて、罪から解放されて自由を得ている。テトスは福音がもたらす自由の証人です。 教会の歴史は、パウロが伝えた福音的キリスト教が、真理として2000年の歴史を刻んできました。異邦人のための福音、福音的キリスト教、それは福音の真理にいつも留まりつづけること、イエス・キリストの十字架と復活を信じる信仰に留まり続けることです。福音の自由に生きること、イエスさまの十字架の贖いをいただて、罪の重荷から解放されて自由とされることです。福音の真理を握り、福音がもたらす罪からの自由に生きる。それが異邦人のための福音です。

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