日本キリスト教団 赤羽教会

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[礼拝説教]「キリストに結ばれて語る」

大友英樹牧師
2020年3月29日
ヨハネによる福音書20章11~18節

4月からマタイによる福音書を続けて読んで参りましたが、一年間の感謝の想いを込めまして、この者の信仰あるいは献身の支えとなっている箇所から御言葉のお分かちをさせていただきたく備えて参りました。

 公の礼拝でありますから個人的なお証しは差し控えます。ご一緒に考えたり思い巡らせたりしながら、聖書のことばを糧とすることができれば幸いです。

1.キリストの勝利の行進

 コリントの信徒への手紙は使徒パウロが記した手紙で、聖書には第一の手紙と第二の手紙と2通が収められています。ほかに「涙ながらに手紙を書きました」(2:4)と少なくとも他にもう一通の手紙をコリント教会宛にパウロが書き送ったことが知られています。それほどパウロの心の中にはコリントの教会と兄弟姉妹たちのことが占めておりました。ですので、まずコリントとパウロとの大切な関わりについてご紹介する時間を取らせていただきたいと思います。

 パウロは宣教旅行を3度に渡って行いましたが、2度目の出発で初めてコリントがあるギリシャ方面へ足を運んだことが使徒言行録に記されています。初めは第1回目に訪れた小アジア半島を巡るのですが、パウロたち一行はどうにも働きを進めることができませんでした(使徒16:6以下)。その困難さは「聖霊から禁じられた」(16:6)あるいは「イエスの霊がそれを許さなかった」(同16:7)としか言い表すことができない程でした。そこでエーゲ海を渡ってマケドニアへ行くよう幻で示され、そこから本格的な異邦人世界での宣教が始まり、いよいよギリシャはアテネへと足を伸ばします。

 そこではユダヤ人の会堂ではなく討論や裁判が行われるアレオパゴスという場所に立ち、いわば他流試合で説教をすることになりました。初めての異邦人世界で孤軍奮闘したパウロは、コリントの町へたどり着いた時には精も魂も衰弱していたと自ら手紙の中で告白しているほどです(Iコリント2:3)。そんな満身創痍のパウロを迎えてくれたのがコリントの人たちでした。特にアクラとプリスカという夫妻はパウロを家に招いて、同業者ということから仕事も信仰も分かち合える仲間となりました(使徒18:1-3)。また「恐れるな、語り続けよ・・・この町には、わたしの民が大勢いるからだ」(同18:10)と、ある意味では再献身の御言葉が与えられたのもコリントです。

 パウロにとって珍しく、コリントには1年6ヶ月も滞在して腰を据えた活動をしました。それほど手塩にかけて教会を育てようとしたということです。ところがその愛してやまないコリント教会でしたが、パウロが旅立つと不在の間にたちまち大きな問題が生じました。教会が分裂しそうになると聞いて、パウロは文字通り胸が張り裂けそうに感じたことでしょう(1コリント1:10以下)。教会の中にも世の中における成功者(いわゆるお金持ち)が幅を利かせてしまい、礼拝や聖礼典にも混乱が生じてしまいまったのです。またギリシャの思想に影響されて間違った教えを説く人たちも現われて、教会がズタズタになりそうだという知らせもパウロの耳に入りました。どうにもやるせない思いをしたに違いありません。      

 このようなわけで、パウロとコリントの信徒たちとの間には切っても切れない関係がありました。事情があってコリントまで足を伸ばすことができない代わりに、信頼できる仲間に託して教会を励まし導こうとした手紙です。

 と、ここまでパウロとコリントとの事情をお話しいたしました。しかしこのような教会における深刻な諸問題は、1世紀のギリシャの都市に限ったものではありません。一概には比べられませんが、当時の世界におけるコリントの町と現代の日本のクリスチャンを取り巻く状況とは合い通じるものもあるように思われます。かつての勢いは失いつつも依然貿易大国には違いありませんし、低迷しつつも経済力を誇る先進国日本です。国民性を誇りながらも安価な労働力として外国人の受け入れを拡大し、在来の多神教に加えて様々な国の占いやまじないなどオカルトが巷に横行しています。道徳的な問題を否めない情報が電車の中吊りやスマートフォンで表示される広告に日常的に含まれていますが、それらは無意識にも子どもたちの視界に入ってくることでしょう。もし仮に「ニッポンの(あるいはトーキョーの)信徒への手紙」なるものが記されるとしたならば、主の聖霊はどんなメッセージを与えられるのか恐ろしくて想像もできません。

2.キリストを知るという知識の香り

 このような不安にかられるパウロの様子が2章12-13節から読み取ることができます。パウロのコリントにおける宣教が敗北に終わるのではないかという不安です。しかし、テトスによってもたらされた知らせは敗北ではなく勝利だったのです。「神に感謝します。神は、わたしたちをいつもキリストの勝利の行進に連ならせ」とパウロの感動が綴られます。それまでの不安は「わたしは」とパウロ自身を単数形でさしていましたが、ここでは「わたしたち」と手紙の受取人を含めていることにその確信が現われています。特にパウロが危惧していたのはグノーシス派と呼ばれる異端の影響だったようですが、コリントの弟子たちはこの世の知識ではなく「キリストを知るという知識」に浴していたのです。

 ところで、この「キリストを知るという知識の香り」とは一体どのようなことを示しているのでしょうか。これは古代ギリシャあるいは古代ローマの文化を背景にした表現です。「勝利の行進」と記されていますが、これは当時都市国家同士や異民族を相手に戦争で勝った時の凱旋行進のことだそうです。この行進が町に近づいてくると、先駆けの者たちが花びらをちぎって投げちらしたり煙が出る香を炊いたりしながら叫んで歩きました。風に乗って漂う香をかぎとって、王様が戦いに勝ったことを人々は知るのです。真のキリスト者、真の教会がイエス・キリストの死と復活という勝利を告げ知らせる真理の香りだとパウロは述べています。

 話は少し反れますが、香りあるいは匂いというものはとても重要な情報です。昔こんな言い回しを耳にしたことがあります。「焼き鳥屋に看板は要らない」と。匂いをかげば何屋さんであるかすぐに分かるからだそうです。名は体を表すと申しますが、匂いは実体を表しています。映像や録音再生の技術が文字通り目を見張るほどに急発展している現代です。しかしどれほど技術が進んでも実用的な開発ができていないものがあります。それが匂いです。映像や音声はそれぞれ光や空気の波ですから、電気信号に変換することは可能です。その精度をどれだけ高くできるかが研究開発の対象となっています。しかし匂いは物質なので、匂いを感じるにはその物質を体内に取り込むか接触するしかないのです。つまり匂いあるいは香りというものは、実物が実際に存在していることの証拠となります。たとえばステーキの写真を見せられても「ふーん」で済ませることができても、焼いている香りが漂ってきたら(と想うだけで既に)いても立ってもいられない気分になります。

 話を戻しますが、パウロが単に「キリストを知る知識」と言わずにその「香り」と述べたのには深い意味があるように感じます。キリストが本当におられること、実際に罪と死に勝利されたことの真実です。知識だけなら誰かが考え出したものに過ぎないとしても、香りがあるなら実体があるのです。伝令が前触れの香りを漂わせたら、間もなく本陣がやって来ます。勝利の行進に連なっていても、勝利の王に従う者たちは王とともに喜びの香りとなりますが、牽かれてきた捕虜たちにとっては死に至る香りのです。そしてそれは香りや匂いに留まらず、確実に訪れるのです。

 聖書を読む時、とくに福音書からイエス・キリストを知る際に、言葉による知識として身につけることは有益です。ただそれが単なる教訓や理想論としてではなく、匂いを感じ取れるほどの現実感や臨場感を抱くことができたら血の通った生身のイエス様に近づくことができるように思われます。

3.神の言葉を売り物にせず

 続いて「神の言葉を売り物にする」とはどういう意味なのかと考えて参りましょう。別な訳では「混ぜ物をして売る」「腐敗させる」と書かれているようですが、辞書によっては鳴り物を鳴らして売る様子との補足もあります。確かにこれだけでは一体どのような意味なのか掴みにくいように思われます。

 大きな籠盛りの果物を思い描いてみましょうか。甘い香りがする夏の果物、日本であれば白桃などいかがでしょう。コリントはギリシャなのでプラムの類があったでしょうし、あるいはブドウを思い浮かべてごらんください。これらの果物が一番強く香りを放つのはどんな状態のときだと思われますか。そうです、熟して柔らかくなり、皮が少し破れるぐらいでしょう。むしろやや腐りかけ、もとい発酵している状態かも知れませんね。大きな籠ですから底の方はよく見えませんので、傷みかけて香りを放っているものをまず詰め込みます。次に外側に見栄えがそこそこよい果物を並べて、内側に傷物を混ぜ込みます。そして最後に一番見た目が良いもので籠を覆うように並べて出来上がり。とっても美しくて香りがよい果物の籠盛りが完成です。

 これを威勢よく鳴り物と掛け声で人を呼び集めて売るのです。バナナの叩き売りの要領でしょうか、どんどん人垣ができて盛り上がりを見せます。すると競りあるいは値下げが始まって、ちょうどよい値がついた頃合いで「よし負けた!」。悔しそうな顔をしながらお客の言い値で盛り籠を売りさばいていくという手合です。見せかけだけよくて中身に腐敗したものを混ぜ込んで鳴り物を鳴らしながら身銭を稼ぐ、それが「売り物にする」という動詞に含まれる印象です。神のことばを私利私欲のために都合よく用いたり、人々の賞賛を得るための説教をしたり、聖書のことば以外のものを混ぜてあたかも神の言葉であるかのように語ることが想定されます。説教者に限ったことではありません。神の言葉なのか、自分自身の思いから出た言葉なのか、その区別がないものは混ぜ物であり腐敗させるものだと言えましょう。

 ただし勝利の行進と売り物の間には大きな違いがあります。行進は勝利した王が栄光を受けますので、キリストの栄光を示します。売り物は悪いものを混ぜた商人が良いものまでもさらって行きます。行進は勝利の王に従うものは命を得ます。しかし売り物は傷んだ混ぜ物から腐敗が進み、良いものさえも腐らせてしまうのです。神の言葉を売るとは、人々の気を引くために過剰な宣伝をしたり大げさな広告をしたりと、人々の気にいるような見せかけの教えをすることです。

 旧約聖書に記されている時代にも、王様たちの耳に都合の良いことだけを告げる偽預言者が大勢いました。その結果、神の民の信仰が腐敗して神の裁きを受けたのです。もしイエス・キリストの福音に生かされている私たちが匂いもしないような知識だけの信仰を持っているとすれば、キリストの受肉も受難も十字架も復活もその一切を無に帰すことになりかねません。パウロの時代のコリントに聖書や福音のことばを用いて偽の教えを説く人たちが多く現われました。しかし、使徒パウロはコリントの信徒たちへ、そして私たちへ力強く語ってます。「わたしたちは、多くの人々のように神の言葉を売り物にせず、誠実に、また神に属する者として、神の御前でキリストに結ばれて語っています」と。

 まとめ キリストに結ばれて語る

 使徒パウロは骨身を削るようにしてコリントの信徒たちを愛し、コリントの教会のために祈りました。悲しみのうちに手紙を書いたこともありました。しかしそのパウロでさえ、コリントの人々へ個人的な感情や彼自身の手柄を押し付けるようなことはしませんでした。彼らのうちに希望を見出した時、自らを含めて「わたしたちは」と一人称でキリストを知るという知識の香りであることを励ましました。遠く離れていてもパウロの思いは、キリストにおいてコリントの信徒たちと結ばれていたのです。

 私たちがキリストを知ろうとする時、映像やガラス越しに眺めているだけでしょうか。それとも同じ地面に立って匂いまで感じられるほど近づこうとしているでしょうか。キリストを知ることとキリスト教っぽいものを学ぶこととは似て非なるものです。私たちが神の恵みを語る時も、売り物や混ぜ物をせずに信仰を証しいたしましょう。

 「誠実に、神の民に属する者として、神の御前でキリストに結ばれて語っています。」

 一年を振り返り、語る者も聞く者もともにキリストに結ばれて、神の民に属する者として歩ませていただけたことを主に感謝します。

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