日本キリスト教団 赤羽教会

日本キリスト教団 赤羽教会

[礼拝説教]2020年4月19日 聖日礼拝順序 復活節第2聖日

大友英樹牧師
2020年4月18日
ヨハネによる福音書20章24~29節

1.黙祷

2.招詞 詩編68:20-21

3.頌栄 新聖歌166(YouTubeで検索してください)

4.祈り (教団の伝道推進のため下記の4つの教会を祈りに加えてください)

小見川教会

勝浦教会

(上記2つはホ群の教会)

立川からしだね伝道所

八王子ベテル伝道所

5.主の祈り

6.使徒信条

我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず。 

我はその独り子、我らの主、イエス・キリストを信ず。主は聖霊によりてやどり、処女(おとめ)マリヤより生まれ、ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、死にて葬られ、陰府(よみ)にくだり、三日目に死人のうちよりよみがへり、天に昇り、全能の父なる神の右に坐したまへり。かしこより来たりて、生ける者と死ねる者とを審きたまはん。

我は聖霊を信ず。

聖なる公同の教会、聖徒の交はり、罪の赦し、身体(からだ)のよみがへり、永遠(とこしえ)の生命(いのち)を信ず。アーメン

7.ワーシップソング 主は今生きておられる(YouTubeで検索してください)

8.献金

 (後日、礼拝に来られた時に献金してください。 教団伝道推進に5000円献金します )

ワーシップソング  叫べ全地よ(YouTubeで検索してください)

9.感謝の祈り            

10.ワーシップソング  御手の中で(YouTubeで検索してください)

11.教会聖句 使徒言行録16章25節

12.聖書 ヨハネによる福音書20章24~29節

13.説教 『わたしの主、わたしの神』   大友英樹牧師

(声に出して朗読してください) 

 聖書にはマグダラのマリアがイエスさまの弟子たちに「わたしは主を見ました」と告げ、その日の夕方にその弟子たちも「わたしたちは主を見ました」と告げたとあります。しかしその言葉、その目撃証言を信じない者がいました。それがトマスであります。24節《12人の一人でディディモと呼ばれるトマスは、イエスが来られたとき、彼らと一緒にいなかった》。イエスさまが死から復活された日、朝早くマグダラのマリアに現われたイエスさまが、その日の夕方に、家に鍵をかけてひっそりと閉じこもっていた弟子たちに現われました。そのとき残念ながら、トマスは外出していたということです。トマスは疑い深かったのか、それともイエスさまにお会いしたかったという嫉妬のようなものがあったのかわかりませんが、いずれにしても「わたしたちは主を見ました」という目撃証言を聞いても、《あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じなさい》と拒絶します。その拒絶はふつうに「信じない」ではなくて、「決して信じない」と言うようにたいへんに強い拒絶です。しかもトマスは「今は決して信じない」と言っているのではありません。今だけではなくて、これから先も「決してわたしは信じない」。イエスさまの釘跡を見ることがなければ、その脇腹を見ることがなければ、今はもちろんのこと、これから先も「決してわたしは信じない」。そういう強い拒絶です。

 なんとトマスは頑ななのかなと思われるかもしれません。皆が「わたしたちは主を見た」と言っているのだから、疑わないで、嫉妬しないで、イエスさまが復活されたと信じればいいのにと思われるかもしれません。しかし聖書はトマスだけではなくて、皆がそうだった、皆が信じられなかったと書いています。最初にまとめられた福音書であるマルコによる福音書16章を見ますと、ヨハネ福音書21章の様子が違う形で語られています。マグダラのマリアがこの日の朝早く墓に行きますと、イエスさまの体がなく、天使からイエスさまが復活なさったのだと伝えられます。そしてイエスさまはマリアにお会いする。マリアが弟子たちにそのことを伝えますが、《しかし彼らは、イエスが生きておられること、そしてマリアがそのイエスを見たことを聞いても、信じなかった》とあります。そしてエマオに向かっていた二人の弟子がイエスさまに出会ったと言って、そのことを弟子たちに伝えると《彼らは二人の言うことも信じなかった》とあります。そして弟子たちのところにイエスさまが現われたとき、《その不信仰とかたくなな心をおとがめになった。復活されたイエスを見た人々の言うことを、信じなかったからである》とあります。いずれも「わたしは主を見た」、「わたしはイエスさまを見た」という目撃証言を信じることができなかったのです。トマスだけではないのです。皆そうなのです。弟子たちだけではありません。見なければ信じられないのです。証拠を見なければ信じられない。現代人であればなおさらでありましょう。科学的な証拠を見せよ。それはトマスと同じです。これから先ずっと「わたしは決して信じない」。トマスの答えは、現代人の答えです。幸いなことに、八日の後にトマスはイエスさまにお会いしました。イエスさまが現われてくださいました。そしてイエスさまを見て、信じることができました。そんなトマスにイエスさまは命じられます。《信じない者ではなく、信じる者になりなさい》、《わたしを見たかから信じたのか。見ないのに信じる人は幸いである》。

 イエスさまは40日間だけ復活されたご自身を現されて天に昇られました。それ以来、イエスさまの御言葉、《信じない者ではなく、信じる者になりなさい》、《わたしを見たかから信じたのか。見ないのに信じる人は幸いである》との御言葉が、わたしたちにチャレンジを与えます。イエスさまを見ることなく、あなたはイエスさまが十字架に死なれ、復活されたことを信じることができますか。聖書はそのようにわたしたちに語りかけます。あなたはどうなのか。信じない者ではなく、信じる者になれるのか。信じているのか。決して信じないというか。もうマグダラのマリア、イエスさまの弟子たちも、トマスも、コリントの手紙では、ヤコブ、パウロ、500人以上に人々がイエスさまにお会いしたということですが、彼らも天に召されました。イエスさまを見たという証人はいなくなった。トマスのようにイエスさまが現われてくださることはありません。それならば、どのようにわたしたちはイエスさまを信じることができるのでしょうか。ただイエスさまという歴史上の人物がいたということではなくて、もちろんそれは大事なことですが、なぜ十字架に死なれ、3日目に復活されたイエスさまを信じることができるのかということです。

 二つのことを確認したいと思います。まず一つめは「週の初めの日」です。イエスさまがトマスに現われたのは「八日の後」です。この八日前というのは、「週の初めの日」になります。それはイエスさまが十字架に死なれて3日目の日です。聖書のカレンダーでは安息日、土曜日が週の終わりの日になります。イエスさまが十字架に死なれたのが金曜日、その日の夕方から安息日がはじまるので急いで十字架から下ろして墓におさめました。土曜日の安息日があり、そして週の初めの日、日曜日を迎えることになります。この週のはじめの日にイエスさまは復活されて、マリアに、そして弟子たちに現われました。そして「わたしは主を見ました」、「わたしたちは主を見ました」という復活の証人となります。それから八日後です。再び週の初めの日がやってきました。およそ2000年前の聖書の記事からすれば、わたしたちが礼拝をささげている今日の日曜日のことです。トマスはイエスさまにお会いします。しかしイエスさまはどこに現われたかといえば、19節の八日目前の日曜日には《イエスが来て、真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた》。そしてこの八日後の日曜日にも、26節に同じように《イエスが来て、真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた》とあります。週のはじめの日、日曜日にイエスさまはわたしたちの真ん中に立たれます。この日以来、教会はイエスさまが復活された週のはじめの日の日曜日に集まり、イエスさまを礼拝するようになります。その真ん中には復活されたイエスさまが立っておられる。イエスさまが復活された日曜日に教会に集まり、公の礼拝がささげられているところに、イエスさまはその真ん中に立っておられます。

 もう一つはトマスの告白、「わたしの主、わたしの神よ」です。トマスはイエスさまに出会って、ただこの言葉を発することしかできませんでした。しかしこれはとても大事な信仰の告白です。トマスはこのときイエスさまに出会って、イエスから「信じない者ではなく、信じる者になりなさい」と語られて、「イエスさま、信じます」とか、「わたしも主を見ました」というような言葉を返してもよかったのでしょうが、トマスの言葉はそうではありませんでした。イエスさまを見た、イエスさまを信じたということはもちろんあったわけですが、それ以上にどういうイエスさまにお会いしたのかを語るわけです。「わたしの主、わたしの神」。イエスさまが復活された、それをわたしは見たということも大切ですが、もっと大事なことは、そのイエスさまはどういうお方なのかということです。このヨハネ福音書は21章が追加部分となりましたが、まとまりでみますと20章が結論になるわけです。そしてこのトマスの言葉がイエスさまに出会った者の最後の言葉です。「わたしの主、わたしの神」。このヨハネの福音書を読む者に、イエスさまは十字架に死なれ、3日目の週のはじめの日に復活され、マリアに、弟子たちに、トマスに現われた。そしてイエスさまは「信じない者ではなく、信じるものになりなさい」と語られます。わたしは誰と信じるのですか。わたしはどういう者と信じるのですか。「わたしの主、わたしの神よ」。あなたもトマスのように信じて告白しますか。そのように問われます。イエスさまは主であり、神であられる。これがキリスト教信仰です。

イエスさまが復活された週のはじめの日、日曜日に礼拝がささげられる。その真ん中にイエスさまが立っておられます。そのイエスさまに向かって、「わたしの主、わたしの神」と賛美告白がささげられます。イエスさまが十字架に死なれ、復活された証拠を求めるならば、なぜそのように信じることができるという証拠を求めるならば、この週の初めの日曜日に集まり、その礼拝の真ん中に立ちたもうイエスさまに「わたしの主、わたしの神」と賛美告白する教会こそが証拠です。今、新型コロナウイルスのために、世界の各地の教会で公の礼拝をささげることに困難があります。しかし今日、週のはじめの日に礼拝をささげるこのところに、この真ん中に復活されたイエスさまが立っておられ、「わたしの主、わたしの神よ」と賛美告白を受けてくださいます。わたしの、わたしたちの、全人類の罪と死と病と痛みを背負って、十字架に死なれ、勝利されて復活された主がおられる。神がおられる。教会は週の初めの日ごとに、イエスさまに「わたしの主、わたしの神」と賛美告白して、イエスさまの十字架と復活を証ししています。

(応答の祈りをしてください)

14.讃美 新聖歌123(YouTubeで検索してください)

15.報告

①先週集会 

礼拝31名(メール・faxの方を含む。HPの方は今週から入れます)

聖書研究祈祷会・リバイバル祈祷会(牧師のみ)

②今週の予定 

20日:hi-b.a高校生集会(オンライン企画あり)

21日:北東京シティクリスマス委員会(休会)

22日:聖書研究祈祷会(休会・牧師のみ)

23日:東京聖書学校講義(オンライン)

24日:リバイバル祈祷会(休会・牧師のみ)

③教会便り 

・ユースにお勧め賛美動画「なんて麗しい名」

・メールやファックスでの礼拝人数は把握できますが、HPでの人数が把握できませんので、お手数ですがメールで「HPで礼拝しました」と送信してください。

メール pastor@akabanechurch.jp ⇒今、送信してください

・教会総会報告書は前年度の担当の方が作成し、4月19日迄に提出してください。

④次週予告 

・7時:早朝礼拝 10時:合同礼拝

 説教・司会)大友師 子どもメッセージ・奏楽)大友姉

・礼拝以外の集会は休会となります。

16.頌栄 新聖歌63 (YouTubeで検索してください)

17.祝祷

主イエス・キリストの恵み、父なる神の愛、聖霊の交わりが、あなたがた一同の上に豊かにあるように アーメン

18.黙祷

日本基督教団 赤羽教会
〒115-0042 東京都北区志茂2-56-4 TEL03-3901-8939 FAX03-3901-8990
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