日本キリスト教団 赤羽教会

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[礼拝説教]2020年6月28日  聖日礼拝順序 聖霊降臨節第5聖日

大友英樹牧師
2020年6月28日
マルコによる福音書4章35~41節

2020年6月28日 聖日礼拝順序 聖霊降臨節第5聖日

1. 黙祷

2.招詞 詩編32:1

3.頌栄 60(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

4.新聖歌166(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

5.詩編交読 詩編84:2~13

6.祈り

7.新聖歌 301(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

8.主の祈り

9.使徒信条

我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず。 

我はその独り子、我らの主、イエス・キリストを信ず。主は聖霊によりてやどり、処女(おとめ)マリヤより生まれ、ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、死にて葬られ、陰府(よみ)にくだり、三日目に死人のうちよりよみがへり、天に昇り、全能の父なる神の右に坐したまへり。かしこより来たりて、生ける者と死ねる者とを審きたまはん。

我は聖霊を信ず。

聖なる公同の教会、聖徒の交はり、罪の赦し、身体(からだ)のよみがへり、永遠(とこしえ)の生命(いのち)を信ず。アーメン

10.ワーシップソング Still(YouTubeで検索してください)

11.教会聖句 使徒言行録1625

12.聖書 マルコ4章35~41節

13.説教 『嵐の中の舟』(声に出して朗読してください)

 イエスさまはガリラヤ湖の湖畔にあった舟に乗って腰をおろしました。そしてその教えを聞こうとして集まってきたおびただしい群衆に、神の国について譬えを用いて話していました。その日の夕方になりました。イエスさまは12人の弟子たちに、「ガリラヤ湖の向こう岸に渡ろう」と言われて、何艘かの舟に分乗して出発します。弟子の中にはペトロなどの漁師がいましたから、彼らが舟を操っていたのでありましょう。多くの人々がイエスさまのところに押し寄せてきていましたから、ガリラヤ湖の湖上は静かでゆったりできる休息の時間でもありました。その舟はそれほど大きなものではなかったでしょうが、イエスさまは艫の方で枕をして眠っていました。そこは舟をこぐ人が立って舵をとるところですが、ちょうど枕をするにはいい所であったようです。お客様が座る場所であると解説をしている人もいます。イエスさまは良い席に座り、そこに敷物があったのでしょうか、やがて枕をして眠ってしまったということです。

ガリラヤ湖は周囲を、高くはありませんが山に囲まれた、すり鉢の底にあるような湖です。海よりも低い、海面下200メートルにある湖で、たいへん穏やかで、魚も豊富です。漁師たちの舟があちこちで漁をしています。ペトロなども漁師としてガリラヤ湖は知り尽くしていました。しかしガリラヤ湖は山に囲まれたすり鉢の底にあるような湖のゆえに、山から突風が吹きつけると、一瞬のうちに穏やかな湖が嵐の湖に変わってしまいます。このときもそうでした。37節《激しい突風が起こり、舟は波をかぶって、水浸しになるほどであった》。しかしその中で《イエスは艫の方で枕をして眠っておられた》と書いてあります。そんな水浸しになるほどの嵐の中で寝ているとはどういうことなのか。弟子たちはイエスさまを起こして、《「先生、わたしたちがおぼれてもかまわないのですか」と叫びます。するとイエスさまは起き上がって、風を叱り、湖に「黙れ、静まれ」と叱りつけると、風はやみ、すっかりなぎになります。そしてイエスさまは言われます。《なぜ怖がるのか。まだ信じないのか》。

弟子たちが嵐を怖がることは当然であろうと思います。ペトロたちのように皆が漁師であったというわけではありません。普段の生活の中で、舟を利用することなどなかった者もいたでありましょうから、舟に乗ることそのものでも少し怖い感じをもっていた者もいたかもしれません。そんな彼らが風と波が荒れ狂う嵐に遭遇したのですから、怖がり、驚き慌てるのは当然のことであります。わたしたちもたとえば嵐の夜、風や雨が激しく叩きつける夜を過ごすとき、どうでありましょうか。自然の猛威を怖がり、恐れる気持ちはわかるのではないでしょうか。ましてや湖上です。小さな舟は波をかぶり水浸しになるほどで、いつひっくり返っても、いつ湖に投げ出されてもおかしくない状況です。自然の猛威の恐ろしさに震え、また湖に投げ出されでもすれば死が待っています。湖という言葉は「海」という意味もあります。聖書では海というのは、深遠な底知れぬ恐ろしい世界、悪の世界、死の世界、死者の世界としてあらわされています。湖に投げ出されて溺れてしまうと、そこは死の世界です。そういう恐ろしさの中にあります。しかしイエスさまはその嵐の中で眠っておられます。なんと対照的な姿でしょうか。恐れまどい、慌てふためき、右往左往している弟子たち、舟の艫の方で枕をしてそのような嵐など起こっていないかのごとく安眠しているイエスさま。弟子たちはイエスさまを起こして、《「先生、わたしたちがおぼれてもかまわないのですか」と叫びます。

舟は教会を象徴していると解釈されることがあります。教会は湖面を進む舟のようです。舟は陸にあげたままであれば舟としての用をなしませんが、湖に出ても水が入ってきて沈んでしまってはこれも用をなさないわけです。舟は湖面に浮かんで進むときにその用を果たすことになります。教会はこの世界の中にあります。世界から出るわけにはいきませんし、また世界にどっぷりと浸かってしまってはあってもなくてもよいものとなってしまします。舟が湖面に浮かんで進むときにその舟の用を果たすように、世界の中で教会だけにある光を、山の上にある町の光のように、輝かせるのであります。その光を輝かせるのは、具体的には教会に連なっているわたしたちです。教会という舟に乗っているわたしたちが世の光であります。イエスさまと弟子たちが乗っている舟は、教会が穏やかな湖面を進むだけではなくて、時に突然の嵐が吹きつけてくることを物語ります。その嵐は内側からではなく外側から襲ってきます。ガリラヤ湖の湖上で突然の嵐の中の舟は、この世の嵐の中に翻弄される教会を物語ります。そして教会につらなるわたしたちを物語ります。

先週の金曜日はホーリネスの群の弾圧記念日でした。突然の検挙がなされ弾圧がはじまったのであります。それは嵐の舟の中にいる弟子たちのようです。当時日本はナチスドイツと同盟関係にありました。そのナチスドイツにあっても教会は嵐の中にありました。それは聖書の福音に立つ告白教会と呼ばれる教会です。「聖書においてわたしたちに証しされているイエス・キリストは、わたしたちが聞くべき、またわたしたちが生と死において信頼し服従すべき神の唯一の言葉です」。イエス・キリストのみとの信仰に立つとき告白教会は嵐の中にありました。その頃の教会の姿を描いた『嵐の中の教会』という小さな書物があります。小さな村の教会がナチスドイツが教会を支配しようとするなかで聖書の福音に立って戦う物語です。そのなかに10月31日の宗教改革を記念した聖餐式の様子が描かれています。牧師が聖餐式を前に語ります。「今日、国民共同体は、キリストのしるしとは異なるしるしのもとにおかれております。今日では、国民はキリストのしるしなどもう必要ないと考えるようになっているのであります。…聖餐式によって生まれる共同体は、国民共同体よりもはるかに深いものがあります。…キリストの体、つまり信じる者の群のことですが、それはいかなる国籍、いかなる民族人間をもすべて包括するからであります。…聖晩餐において、…私たちは、一人のお方の死を通して、このパンと葡萄酒において、お互い同士結びあわされて一つになるのです」。そして讃美歌を歌い、聖餐を受けます。それはナチスドイツには屈しない、ただ主イエス・キリストにのみが聞き聞き従うべき主ですという小さな村の信仰の告白でした。

弟子たちはどうでしょうか。慌ててイエスさまを起こします。わたしたちがおぼれてもかまわないのですか。わたしたちを助けてください。こんな時に寝ていないでください。そんな弟子たちにイエスさまは風や湖を叱りつけて静められて、《なぜ怖がるのか。まだ信じないのか》と語ります。わたしがいるではないか。この舟にはわたしが乗っているではないか。まだ信じないのか。直訳すれば、「あなたたちは信仰をもっていないのか」、わたしを信頼していないのか、わたしに従っていないのか。弟子たちは非常に恐れて、「いったいこの方はどなたなのだろう。風や湖さえも従うではないか」と互いに言ったとあります。風や湖さえも従うではないか。それなのにわたしたちは従っているのだろうか。信頼しているのだろうか。従いきれていない、信頼しきれていない弟子たちの姿があります。

嵐の中の舟にはイエスさまがおらます。イエスさまは慌てふためかれません。怖がることなく、平穏のうちに枕をして寝ておられます。父なる神さまにまったく信頼している姿であります。そんなイエスさまは「なぜ怖がるのか。まだ信じないのか」と今もわたしたちに問われます。弟子たちのように信頼しきれない、従いしきれないと言わざるを得ません。しかし風や波を叱られる権威ある言葉があるイエスさま、この世の支配、主権者であるイエスさまが、どんな嵐の中であってもわたしたちの乗っている舟におられます。教会には権威ある力ある、まことに信頼にたる主イエスさまがおられます。今、わたしたちはコロナウイルスという嵐の中にあります。この嵐の中に恐れたじろいでいる舟に主イエスさまがおられます。この主イエスさまが風を叱り、湖を静めてくださった同じ権威ある力をもって、わたしたちが遭遇している嵐をも静めてくださるに相違ありません。

(応答の祈りをしてください)

14献金(後日、礼拝に来られた時に献金してください。教会の口座に送金することもできます)

讃美 新聖歌321(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

15.感謝の祈り 

16.報告

  ①先週集会 礼拝69名(HP・メール・faxの方を含む)

聖書研究祈祷会14名

リバイバル祈祷会1名

  ②今週の予定 29日:hi-b.a高校生集会(オンライン企画あり)

7月1日:聖書研究祈祷会 Ⅰ司会)鍵山姉 Ⅱ司会)清弘兄

2日:東京聖書学校講義・教授会

4日:ライフライン(8時・テレビ埼玉)

  ③教会便り ・ユースにお勧め賛美動画「小さな祈り」

        ・メールやファックスでの礼拝人数は把握できますが、HPでの人数が把握できませんので、お手数ですがメールで「HPで礼拝しました」と送信してください。

         HP等への掲載は次週までとなります。

メール pastor@akabanechurch.jp fax 03-3901-8990

        ・先週献金くださった方の献金は、本日の礼拝でささげます。

・振替口座に送金される方は、献金種別を記載してください。

          振替口座 00170-7-80756 名義 日本基督教団赤羽教会

        ・ゆうちょ銀行口座に送金される方は、メールなどで献金種別をお知らせください。

          店名〇〇八〔読み方 ゼロゼロハチ〕 店番008

          普通預金・口座番号1978382

       ・⑴会堂掃除(礼拝後・土曜日)は7月から開始となります

⑵聖務表の奉仕も再開していますが、難しい場合には申し出てください。

⑶今週、北区の感染者は3名です(6/26現在)

・「夏期感謝献金」(予算は65万円)、上半期の恵みを覚えておささげしましょう。

・6/24は「教団創立記念日」でした。先週の聖日礼拝では「教団伝道推進」のための祈り、席上献金から献金(5000円)をささげました。コロナ禍にある1700ほどの教会の祝福と守りを祈りましょう。

・7/5(日)、聖餐を祝う礼拝です。主イエスの救いの恵みと永遠の命を確かにいたしましょう。礼拝後は教会役員会となります。12時30分から軽食を用意します。

 ④次週予告 ・7時:早朝礼拝

 ・9時30分:礼拝Ⅰ(SS合同)  子どもメッセージ・説教:岡田師

 ・10時45分:礼拝Ⅱ 説教)大友師

 ・教会役員会(12時30分)

        ・礼拝以外の集会は休会となります。

17.頌栄 新聖歌63(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

18.祝祷

  主イエス・キリストの恵み、父なる神の愛、聖霊の交わりが、あなたがた一同の上 

豊かにあるように アーメン

19.黙祷

日本基督教団 赤羽教会
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