日本キリスト教団 赤羽教会

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[礼拝説教]2020年7月5日  聖日礼拝順序 聖霊降臨節第6聖日

大友英樹牧師
2020年7月5日
ガラテヤ4章21~31節

2020年7月5日 聖日礼拝順序 聖霊降臨節第6聖日

1. 黙祷

2.招詞 詩編98:1

3.頌栄 60(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

4.新聖歌 50(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

5.詩編交読 詩編126:1~6

6.祈り

7.新聖歌 232(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

8.主の祈り

9.信仰告白

我らは信じかつ告白す。

旧新約聖書は、神の霊感によりて成り、キリストを証(あかし)し、福音の真理を示し、教会の拠(よ)るべき唯一の正典なり。されば聖書は聖霊によりて、神につき、救ひにつきて、全き知識を我らに与ふる神の言(ことば)にして、信仰と生活との誤りなき規範なり。

主イエス・キリストによりて啓示せられ、聖書において証せらるる唯一の神は、父・子・聖霊なる、三位一体(さんみいったい)の神にていましたまふ。御(み)子は我ら罪人(つみびと)の救ひのために人と成り、十字架にかかり、ひとたび己(おのれ)を全き犠牲(いけにへ)として神にささげ、我らの贖(あがな)ひとなりたまへり。

神は恵みをもて我らを選び、ただキリストを信ずる信仰により、我らの罪を赦(ゆる)して義としたまふ。この変わらざる恵みのうちに、聖霊は我らを潔(きよ)めて義の果(み)を結ばしめ、その御業(みわざ)を成就したまふ。

教会は主キリストの体(からだ)にして、恵みにより召されたる者の集(つど)ひなり。教会は公の礼拝を守り、福音を正しく宣(の)べ伝え、バプテスマと主の晩餐との聖礼典を執り行ひ、愛のわざに励みつつ、主の再び来りたまふを待ち望む。

我らはかく信じ、代々(よよ)の聖徒と共に、使徒信条を告白す。

我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず。 

我はその独り子、我らの主、イエス・キリストを信ず。主は聖霊によりてやどり、処女(おとめ)マリヤより生まれ、ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、死にて葬られ、陰府(よみ)にくだり、三日目に死人のうちよりよみがへり、天に昇り、全能の父なる神の右に坐したまへり。かしこより来たりて、生ける者と死ねる者とを審きたまはん。

我は聖霊を信ず。

聖なる公同の教会、聖徒の交はり、罪の赦し、身体(からだ)のよみがへり、永遠(とこしえ)の生命(いのち)を信ず。アーメン

10.ワーシップソング 小さな祈り(YouTubeで検索してください)

11.教会聖句 使徒言行録1625

12.聖書 ガラテヤ4章21~31節

13.説教 『約束の子』(声に出して朗読してください)

 コロナウイルスのことで合同礼拝が続きましたので、しばらくガラテヤの信徒への手紙から離れていましたが、本日から再びガラテヤの手紙を学びたいと思います。3章からのところで、パウロは信仰の父と呼ばれるアブラハムを取り上げて、このアブラハムが律法によって義とされたのか、それとも信仰によって義とされたのかということを語ります。アブラハムは神さまがその信仰を義と認められたではないかということです。それは創世記15章8節に《アブラハムは神を信じた。それは彼の議と認められた》とあるところが根拠となっています。そしてその後を読んでいきますと、約束とか、契約という言葉を用いて、アブラハムへの約束が、契約が、一人の子孫、つまりイエス・キリストによって成就した。ですからあなたたちは、イエスさまを信じる信仰によって義とされ、神の子とされているのです。それなのにパウロの後から来たユダヤ人キリスト者たちが、異邦人であるガラテヤの人々も、律法を守らなければ、男性ならば割礼を受けなければ救われないと教えたことで動揺してしまっています。この手紙のはじめにパウロが《キリストの恵みへと招いてくださった方から、あなたがたがこんなにも早く離れて、ほかの福音に乗り換えようとしていることに、わたしはあきれ果てています》と言っているように、キリストの恵みから、キリストの福音から離れようとしている、そんな危機的な状況にあるガラテヤの教会にパウロは語ります。28節《兄弟たち、あなたがたは、イサクの場合のように、約束の子です》。あなたがたは約束の子です。奴隷の子ではありません。クリスチャンは約束の子です。奴隷の子ではありません。約束の子、奴隷の子とはどういうことでしょうか。

 今日の聖書箇所は、24節に《これには別の意味が隠されています》とあるように、旧約聖書のアブラハムの物語は、その奥に別の意味、比喩的な意味があるというのです。寓意的な解釈とも言われます。パウロはアブラハムの物語、ここではアブラハムに生れた二人の息子についてですが、それは律法に生きるユダヤの民と信仰に生きるクリスチャンにつながっているというように解釈しています。22節に《アブラハムには二人の息子があり、一人は女奴隷から生まれ、もう一人は自由な身の女から生まれたと聖書に書いてあります》とあります。創世記15章でアブラハムは神さまから約束を与えられました。アブラハムには子供がいなかったため、自分の家を継ぐのはエリエゼルという自分のところで働いている者が跡を継ぐというアブラハムに、神さまが《あなたから生まれる者が跡を継ぐ》、そして《天を仰いで、星を数えることができるなら、数えてみるがよい。…あなたの子孫はこのようになる》と約束されます。アブラハムは主を信じて、義と認められます。しかしそれでもなかなか子供が与えられません。そこで妻のサラがハガルというエジプト人の女奴隷によって子供を得ることにします。それがイシュマエルです。23節で《女奴隷の子は肉によって生まれた》というのはイシュマエルのことです。なかなか子供が与えられない、そこで神さまの約束を自分で実現してしまうようにして、ハガルによって子供を得る。

 それから13年、神さまはアブラハムに現れません。99歳の時、再び神さまはアブラハムに現れて、《わたしは全能の神である、あなたは私に従って歩み、全き者となりなさい。…これがあなたと結ぶ契約である、あなたは多くの国民の父となる。…わたしはあんたとの間に、またあとに続く子孫との間に契約を立て、それを永遠の契約とする》。パウロはこの子孫は一人の子孫であって、それがイエス・キリストであると語るわけです。そして3人の旅人がアブラハムのところに来ます。それは主なる神でありました。《わたしは来年の今頃、必ずここに来ます。そのとき妻サラに男の子が生まれているでしょう》。こうしてこの約束のごとくに、サラに男の子が生まれます。それがイサクであります。23節後半に《自由な女から生まれた子は約束によって生まれたのでした》とあるのがイサクのことです。

 パウロはこの女奴隷の子と約束の子ということは、二つの契約をあらわしていると言います。女奴隷のハガルはシナイ山に関係する。ですからシナイ契約と言います。シナイ契約は出エジプトしたイスラエルの民が、モーセをとしてシナイ山で神さまと契約を結んで神の民となったという契約です。そこから今はエルサレムの神殿を中心とするユダヤ教、ユダヤの民ということにつながっていくというのです。パウロはそれは重要であるけれども、イエスさまが与えられて、新しい契約が与えられた。それは自由な女から生まれた、約束の子として生まれたイサクからつながることで、それは天のエルサレムと結ばれる新しい契約であるというわけです。天のエルサレム、これは黙示録に出てきますが、神の国、天国ともいうことができます。イエスさまの十字架と復活によって与えられた新しい契約は、天のエルサレムに連なっているということです。地上のエルサレムにつながるシナイ契約は、律法を守ることで救いがあるという。しかし律法によって罪の自覚しか生じないではないか。パウロはローマの手紙で語りますが、完全に守りきることなどできないのです。そうした律法にとらわれているということは、律法という奴隷の中にがんじがらめになって、身動きが取れず、いつまでも救いにあずかることができない。そうではなくて《兄弟たち、あなたがたは、イサクの場合のように、約束の子です》。

 約束の子、これは契約の子です。神さまの契約の子、神さまが約束された契約の子です。イサクが神さまの約束によって生まれた子であったように、あなたがたも神さまの約束によって生まれた子である。契約によって生まれた子である。それが新しい契約です。エレミヤ31章で預言した新しい契約です。神ご自身が独り子イエスさまを約束の子として生まれさせ、罪なきお方が全人類の罪を背負って十字架に死なれ、罪の贖いを全うされ、罪と死に勝利されて復活され、新しい契約を成就してくださいました。イエスさまそのものが神さまの約束となってくださいました。このイエスさまを信じ、救われた者は、約束の子であります。クリスチャンというのは約束の子です。律法に縛られて、それを守ることができずに、罪の自覚しか生じないわたしに、つまり良い人間にならなければと思いはあるけれども、それができず絶望しているわたしに、イエスさまという約束が与えられて、新しい契約が与えられているのではないですか。イエスさまにつながって、約束を信じて、契約を結んで、あなたの罪は赦され、あなたは救われ、あなたは約束の子となったのではないですか。

 わたしたちはガラテヤの教会が経験しているような、律法を守らなければ救われないとか、割礼を受けなければ救われないというような、ユダヤ教的なキリスト教というものと対峙することはありません。しかし異端と呼ばれるキリスト教というものは、いつの時代にも誘ってきます。異端というのは神さまは父・御子・聖霊の三位一体なる神であることを認めません。神は唯一と書いてある。神はエホバと言われている。つまりイエスさまが真の神であり、真の人間であられるということを否定しますから、三位一体を否定することになります。少し教理のことになるので難しい面もありますが、要するに、わたしたちがどんなことがあっても手放してはならない約束があるということです。神さまが与えてくださった約束があります。神であられるお方が人となってくださったイエスさまを信じること、このイエスさまがわたしの罪を背負って十字架に死んでくださり、罪を赦してくださり、死に勝利して復活してくださり、わたしを救ってくださったと信じること、それがわたしが約束の子であるというしるしです。これを手放してはなりません。さらに聖書を直訳すると「あなたがたは約束の子どもたちです」となります。自分だけではなくて、教会のメンバー一人一人が約束の子どもたちであることを忘れてはなりません。これから聖餐を受けようとしていますが、イエスさまの十字架と復活という新しい契約、神さまの約束をしっかりと握って、わたしが約束の子であるというだけでなくて、わたしたちが約束の子どもたちであるということを確かにさせていただいて、使徒信条に告白する聖徒の交わりを実感させていただきましょう。

(応答の祈りをしてください)

14献金(後日、礼拝に来られた時に献金してください。教会の口座に送金することもできます)

讃美 新聖歌264(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

15.感謝の祈り 

16.報告

  ①先週集会 礼拝66名(HP・メール・faxの方を含む)

聖書研究祈祷会12名

  ②今週の予定  6日:ホ群首都圏教師会

          6~7日:教団常議員会

8日:聖書研究祈祷会 Ⅰ司会)本間姉 Ⅱ司会)大沼姉

9日:東京聖書学校定期テスト

10日:ケズィック東京委員会・リバイバル祈祷会(牧師のみ)

11日:ライフライン(8時・テレビ埼玉)

    会堂清掃(村山姉・杵島姉)⇒可能な場合

  ③教会便り ・ユースにお勧め賛美動画「新しい歌を」

        ・メールやファックスでの礼拝人数は把握できますが、HPでの人数が把握できませんので、お手数ですがメールで「HPで礼拝しました」と送信してください。

         HP等への掲載は次週までとなります。

メール pastor@akabanechurch.jp fax 03-3901-8990

        ・先週献金くださった方の献金は、本日の礼拝でささげます。

・振替口座に送金される方は、献金種別を記載してください。

          振替口座 00170-7-80756 名義 日本基督教団赤羽教会

        ・ゆうちょ銀行口座に送金される方は、メールなどで献金種別をお知らせください。

          店名〇〇八〔読み方 ゼロゼロハチ〕 店番008

          普通預金・口座番号1978382

       ・⑴会堂掃除(礼拝後・土曜日)は今週から開始となります。日曜日は掃除機と除菌拭き取りをお願いします。

⑵聖務表の奉仕も再開していますが、難しい場合には申し出てください。

⑶今週、北区の感染者は6名です(7/3現在)

・「夏期感謝献金」(予算は65万円)、上半期の恵みを覚えておささげしましょう。

・7/1(水)、塚目(裕)兄がホ群監査の奉仕をしてくださいました。

・7/2(木)、東京聖書学校の教授会面接が行われ、森下神学生が卒業候補生としてホ群に推薦すること、赤岩神学生が仮入学から正規生となることが承認されました。

 ④次週予告 ・7時:早朝礼拝

 ・9時30分:礼拝Ⅰ(SS合同)  子どもメッセージ:大友姉・説教: 大友師

 ・10時45分:礼拝Ⅱ 説教)大友師

 ・礼拝以外の集会は休会となります。

17.頌栄 新聖歌63(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

18.祝祷

  主イエス・キリストの恵み、父なる神の愛、聖霊の交わりが、あなたがた一同の上 

豊かにあるように アーメン

19.黙祷

日本基督教団 赤羽教会
〒115-0042 東京都北区志茂2-56-4 TEL03-3901-8939 FAX03-3901-8990
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