日本キリスト教団 赤羽教会

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[礼拝説教]2020年7月26日  聖日礼拝順序 聖霊降臨節第9聖日

大友英樹牧師
2020年7月26日
ガラテヤ5章16-21節

2020年7月26日 聖日礼拝順序 聖霊降臨節第9聖日

1. 黙祷

2.招詞 詩編135:1~

3.頌栄 60(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

4.新聖歌 163(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

5.詩編交読 詩編54:3~9

6.祈り

7.新聖歌 312(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

8.主の祈り

9.使徒信条

我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず。 

我はその独り子、我らの主、イエス・キリストを信ず。主は聖霊によりてやどり、処女(おとめ)マリヤより生まれ、ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、死にて葬られ、陰府(よみ)にくだり、三日目に死人のうちよりよみがへり、天に昇り、全能の父なる神の右に坐したまへり。かしこより来たりて、生ける者と死ねる者とを審きたまはん。

我は聖霊を信ず。

聖なる公同の教会、聖徒の交はり、罪の赦し、身体(からだ)のよみがへり、永遠(とこしえ)の生命(いのち)を信ず。アーメン

10.ワーシップソング 小さな祈り(YouTubeで検索してください)

11.教会聖句 使徒言行録1625

12.聖書 ガラテヤ5章16~21節

13.説教 『聖霊に導かれて歩もう』(声に出して朗読してください)

《わたしが言いたいのは、こういうことです。霊の導きに従って歩みなさい。そうすれば、決して肉の欲望を満足させるようなことはありません》。イエス・キリストによる自由をいただいたのだから、愛によって互いに仕えなさいと勧められてきました。まことの自由を経験する教会にあって、その自由を愛によって互いに仕えることで、教会生活が豊かになるということであります。パウロはそうした一連のメッセージをまとめるようにして、《わたしが言いたいのは、こういうことです》と語り始めます。それが聖霊に導かれて歩みなさいということです。歩むというのは、旧約聖書以来、信仰生活のことです。エノクは「神と共に歩み、神が取られたのでいなくなった」とありますし、アブラハムは神さまから「あなたはわたしに従って歩み、全き者となりなさい」と命じられました。歩くというのは、生活する、生きるということでありますから、そこから神と共に歩む信仰生活をあらわすことになります。クリスチャンの信仰の歩み、信仰生活の原動力となるもの、動かしていくもの、導いていくもの、それが聖霊であるということです。わたしたちの聖書では、16節で「霊の導きに従って」、18節で「霊に導かれているなら」と書いてあります。しかし元来の聖書には16節の方には「導き」という言葉はありません。18節には「導く」とあるので、両方とも聖霊に導かれていくという信仰生活というように訳しているのだと思います。大事なことは「聖霊によって」ということです。聖霊が原動力である。聖霊に導かれていくのはもちろんですが、まず聖霊という原動力、エンジンのような力をいただくことです。ただ聖霊に導かれていけばいいのではありません。聖霊をいただいて、聖霊の力をいただいて、聖霊の満たしをいただいていくこと、聖霊によって押し出されていくこと、これが第1です。そして聖霊に満たされたならば、力をいただいたならば、さらに聖霊に導かれて、信仰の歩みを進めていくという順番です。わたしたちは日ごとに、まず「神さま、今日もわたしを聖霊に満たしてください。聖霊の力を与えてください」と祈って、そして「今日も聖霊に導かれて歩んでまいります」と祈って一日をスタートしていくのであります。

さてクリスチャンでわたしたちは、聖霊の力をいただいて、聖霊に導かれて歩んでいるのでありますが、ずっと教会にいるわけではありません。毎日が日曜日であるのではありません。この世のなかで、聖霊に導かれて歩んでいくのであります。最近は新型コロナのことで、これからはコロナと共に(ウィズコロナ)と言われることもあります。いつまでも自粛ばかりをするわけにはいきませんが、動き始めると感染が広がる心配があるということで、コロナと共に生活するとはどうしたらいいかと考えさせられています。わたしたちはコロナだでけはなくて、仕事であったり、学校であったり、家庭であったりと、様々なこの世での歩みを過ごしています。この世の中で、この世と共に歩んでいます。この世に離れて、隔絶したところで生活することはできません。そうした世の中での歩みの中で、聖霊の力に満たされて、聖霊に導かれていませんと、肉の欲望、肉の業と呼ばれる罪ということがわたしたちの中に入ってきてしまいます。17節に《肉の望むところは、霊に反し、霊の望むところは、肉に反するからです。肉と霊とが対立し合っているので、あなたがたは、自分のしたいと思うことができないのです》とあります。言い換えれば、聖霊に導かれる信仰者の歩みと、この世に導かれる異邦人の歩みが同居しているということです。日曜日は聖霊に導かれる信仰者、平日はこの世に導かれる異邦人のようなものです。そうではなくて、わたしたちクリスチャンの歩みは、もちろんこの世の中で生きているのですから、この世を離れるわけにはいかないわけですが、いつも優先すべきは聖霊に導かれていくということです。日曜日のみでなく、平日も導かれるのは聖霊であります。聖霊に導かれて歩むということが、この世では常識であり、何の問題もないとされるようなこと、そんなに真剣に考えなくてもと言われるようなことであっても、それは罪である、肉の欲望を満足させるだけの罪であって、神の国を受け継ぐことができないというような霊的な判断を促すのであります。

19節以下のところには、罪責表と言われる罪のリストがあります。パウロはⅠコリント6章にもこういた罪のリストを挙げて、こういう者は神の国を受け継ぐことはできない語っています。それは倫理的道徳的なリストでもありますが、しかしよく見てみますと、それが罪なのか、罪でないのかというのは微妙なところがあります。それは肉の欲望とありますけれども、クリスチャンだろうとなかろうと、私たちに人間には生命的な欲望や社会的な欲望というものがあります。それ自体は何も悪いものではありませんし、罪ではありません。必要なものであり、それがなくては生きていくことはできないものです。しかし聖霊に導かれて歩むときに、それは罪であり、それは罪となり、ただ肉の欲望を満たしているにすぎないという霊的な判断力を与えられる。聖書はそのように語ります。

19節からの罪のリストには、15の罪が挙げられています。《肉の業は明らかです。それは、姦淫、わいせつ、好色、偶像礼拝、魔術、敵意、争い、そねみ、怒り、利己心、不和、仲間争い、ねたみ、泥酔、酒宴、その他このたぐいのものです》。このリストはいくつかのグループに分けることができます。最初の3つ、姦淫、わいせつ、好色というのは性的な罪です。わたしたちは倫理的道徳的にこうしたことが悪い、罪であると考えます。しかし当時の世界では必ずしも悪いことではありませんでした。さらには性的な欲望ということですから、その欲望自体が悪ですか、罪ですかと言われれば、そういうことではありません。聖霊は十戒の姦淫してはならないとの神の命令こそが正しい、相応しいと教えてくれます。聖霊によって十戒の教えが、古く遠い世界のことではなくて、今も生きて働くことを教えられます。そうしたことは罪であると退ける霊的な判断力が与えらえるのであります。

次の2つ、偶像礼拝、魔術というのは宗教的な罪となります。聖書が語るところでは、人間は神に似せて、神の像に創造されました。それは神さまを求める者、神に祈り、礼拝をささげる者として創造されています。そういうことからすれば、人間はすべて神を求めます。祈りをささげます。人間は宗教的な存在なのです。ですから神を求め、祈りをささげる。そのこと自体は悪いことではなりません。人間としては本能的なものといっていいものです。生命的な欲望とは数えることはできないでしょうが、神を求めるということは人間が生きていくには不可欠な欲望です。パウロはアテネに伝道に行ったとき、そこに至るところに偶像があることに憤慨して論じあいました。エフェソではアルテミスの女神を祭る神殿がありましたが、手で造ったものなど神ではないと言うパウロを目の敵にして騒動が起きました。また各地に魔術や占いを行う者がいて、パウロの伝道によってエフェソでは多くの魔術の本が焼かれたともあります。神を求め、自分の将来の行く末を思う気持ち、そうした宗教心というものは、人間に備わっている基本的な欲望です。それ自体は悪いものではありません。しかしどれほどわたしたちの日常に魔術や占いが入りこんでいることでしょうか。聖霊に導かれるときに、十戒のわたしの他に神があってはならない、刻んだ像を拝んではならないという神の命令が生きて働いて、神を求めることが罪ではないけれども、偶像を求めること、魔術を求めること、占いを求めることは罪であるという霊的な判断力が与えられます。

3つめのグループは、敵意、争い、そねみ、怒り、利己心、不和、仲間争い、ねたみという人間関係の罪ということになります。こうしたものは人間関係を破壊するものです。わたしたちは何かのことで話し合ったり、提案したりします。それを批判的に客観的に考えて、より良い方向へと進もうとします。しかしその内心に敵意、争いというような、ここに挙げられていることがあるときに、不和、仲間争い、ねたみということに分裂してしまう、仲たがいをしてしまうというのです。わたしたちには感情があります。時には怒りを覚え、そねみ、ねたみ、そんな感情を抱いてしまうものです。エフェソ4章には「怒ることがあっても、罪を犯してはなりません。日が暮れるまで怒ったままでいてはいけません」とあります。イエスさまも神殿から商人を追い出しました。怒ったとは書いてありませんが、イエスさまもわたしの家は祈りの家と呼ばれるとの御言葉からほど遠い光景に怒りをあらわされました。義憤ということになると思います。そういう意味では怒りが悪いわけではありません。しかしそこに愛が足りず、己が先立てば、やがて人間関係が崩れていくことを見ます。聖霊はそうした人間関係を崩していくわたしたちの感情は罪であるということを教えます。

最後に4つめのグループは泥酔、酒宴、飲み食いの罪ということになります。泥酔、酒宴ということですから、多くのアルコールで酔いがまわっているという酩酊状態、新しい翻訳聖書では「馬鹿騒ぎ」となっています。節度を越えてしまっているということでありましょう。日本の教会は禁酒禁煙ということを大切な生き方としてきました。今日そうしたことが重んじられなくなっている傾向があります。聖書はたしかに禁酒を命じていません。イエスさまも水を葡萄酒に変えられました。その一方で、ナジル人、例えば怪力のサムソンは生まれながらの神にささげられたナジル人として、葡萄酒を飲まない者でした。パウロはエフェソ5章で「酒に酔いしれはなりません。それは身を持ち崩すもとです。むしろ霊に満たされなさい」とあります。酒に酔うのではなくて、聖霊に酔いなさい。酒に満たされるよりも、むしろ聖霊に満たされなさい。聖霊は泥酔や酒宴、馬鹿騒ぎは罪であるとの霊的な判断力を与えます。むしろ聖霊に満たされなさい。

わたしたち人間に生まれながらにして備わっている生活にあっても、聖霊に導かれていくときに、それが罪であるかどうか、罪とまでいかなくても、相応しいかどうかという霊的な識別力を得ます。クリスチャンにはこの霊的な識別力、判断力がなければ神の国を受け継ぐことができません。

(応答の祈りをしてください)

14献金(後日、礼拝に来られた時に献金してください。教会の口座に送金することもできます)

讃美 新聖歌 181(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

15.感謝の祈り 

16.報告

  ①先週集会 礼拝62名(HP・メール・faxの方を含む)

聖書研究祈祷会16名

  ②今週の予定 28日:ホ群常任委員会

29日~8月2日:赤岩神学生夏期伝道

29日:聖書研究祈祷会 Ⅰ司会)大友師 Ⅱ司会)大友姉 証)赤岩神学生

8月1日:ライフライン(8時・テレビ埼玉)

  ③教会便り ・ユースにお勧め賛美動画「平和はじめて知った」

        ・メールやファックスでの礼拝人数は把握できますが、HPでの人数が把握できませんので、お手数ですがメールで「HPで礼拝しました」と送信してください。

         HP等への掲載は次週までとなります。

メール pastor@akabanechurch.jp fax 03-3901-8990

        ・先週献金くださった方の献金は、本日の礼拝でささげます。

・振替口座に送金される方は、献金種別を記載してください。

          振替口座 00170-7-80756 名義 日本基督教団赤羽教会

        ・ゆうちょ銀行口座に送金される方は、メールなどで献金種別をお知らせください。

          店名〇〇八〔読み方 ゼロゼロハチ〕 店番008

          普通預金・口座番号1978382

       ・⑴会堂掃除(礼拝後・土曜日):礼拝後は〈掃除機〉と〈除菌拭き取り〉、土曜日は可能の方はお願いします。

・「夏期感謝献金」(予算は65万円)、上半期の恵みを覚えておささげしましょう。

・赤岩神学生:教会にて夏期伝道(7/29~8/2)を実施します。今週の祈祷会、次週の礼拝での証しを予定しています。暑い中ですが、霊肉守られて、よき夏期伝道となるようにお祈りください。

・7/22(火)、「東京聖書学校夏期聖会」が開かれました。学校チャペルには神学生と教師数名が集いましたが、YouTubeで100名を超える方々が参加しました。先週の祈祷会でも視聴しました。パソコンやスマホで「東京聖書学校吉川HARADA」を検索してみてください。

・***** 夏の集会予告 *****

8月10日(月) 「ホ群ユースデーキャンプ」(赤羽)

 ④次週予告 ・7時:早朝礼拝

 ・9時30分:礼拝Ⅰ(SS合同)  子どもメッセージ・説教:岡田師

 ・10時45分:礼拝Ⅱ 説教)大友師

        ・礼拝以外の集会は休会となります。

        ・教会役員会

17.頌栄 新聖歌63(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

18.祝祷

  主イエス・キリストの恵み、父なる神の愛、聖霊の交わりが、あなたがた一同の上 

豊かにあるように アーメン

19.黙祷

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