日本キリスト教団 赤羽教会

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[礼拝説教]2020年8月9日  聖日礼拝順序 聖霊降臨節第11聖日

大友英樹牧師
2020年8月9日
ガラテヤ6章1-10節

2020年8月9日 聖日礼拝順序 聖霊降臨節第11聖日

1. 黙祷

2.招詞 詩編113:1~

3.頌栄 60(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

4.新聖歌 11(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

5.詩編交読 詩編78:23~39

6.祈り

7.新聖歌 143(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

8.主の祈り

9.使徒信条

我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず。 

我はその独り子、我らの主、イエス・キリストを信ず。主は聖霊によりてやどり、処女(おとめ)マリヤより生まれ、ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、死にて葬られ、陰府(よみ)にくだり、三日目に死人のうちよりよみがへり、天に昇り、全能の父なる神の右に坐したまへり。かしこより来たりて、生ける者と死ねる者とを審きたまはん。

我は聖霊を信ず。

聖なる公同の教会、聖徒の交はり、罪の赦し、身体(からだ)のよみがへり、永遠(とこしえ)の生命(いのち)を信ず。アーメン

10.ワーシップソング 平和初めて知った(YouTubeで検索してください)

11.教会聖句 使徒言行録1625

12.聖書 ガラテヤ6章1~10節

13.説教 『互いに重荷を担いなさい』(声に出して朗読してください)

今日の聖書箇所には、2回重荷を担うことが勧められています。一つが2節に《互いに重荷を担いなさい》、もう一つが5節に《めいめいが、自分の重荷を担うべきです》とあります。わたしたちの聖書では、同じ言葉で重荷を担うとなっていますが、元来の言葉は違います。昔の文語訳聖書では「互いに重きを負え」、「おのが荷を負うべければなり」と訳し分けています。イタリア人バルバロ宣教師が訳した聖書でも、「重荷」と「荷」と訳し分けています。つまりわたしたちには、2種類の重荷を負うことが求められているということです。今日はそのうちの第1の重荷、2節の《互いに重荷を担いなさい》と言われる重荷ということを学びたいと思います。

《互いに重荷を担いなさい》ということですが、これは一度きりのことではなくて、継続的に担い続けなさいという意味内容が込められています。「重荷」とありますが、それは言葉通りの重い荷物という意味ではなくて、実際的に精神的に、そして霊的な意味で、重いもの、負担となるもの、悩みとなるものであります。リビングバイブルという意訳された聖書では「相手の悩みを共に背負いなさい」と訳されています。互いの重荷、互いの悩み、それを共に担いなさいという。その具体的なことが、1節に語られています。《兄弟たち、万一だれかが不注意にも何かの罪に陥ったなら、霊に導かれて生きているあなたがたは、そういう人を柔和な心で正しい道に立ち帰らせなさい。あなた自身も誘惑されないように、自分に気をつけなさい》。4章19節以下のところに、肉の業という罪のリストが書かれています。そこには姦淫、わいせつ、好色という性的な罪、偶像礼拝、魔術という宗教的な罪、敵意、争い、そねみ、怒り、利己心、不和、仲間争い、ねたみという人間関係の罪、泥酔、酒宴という飲み食いの罪ということでした。いずれもわたしたちが生まれながらに持っている生命的な欲望であったり、感情であったりするものから派生するものです。分水嶺のように同じ地点に降った雨も、どちらに流れるかによって、太平洋にそそぐ流れとなるのか、日本海にそそぐ流れになるのか全く違ってしまうように、わたしたちに生来与与えられている欲望が相応しく用いられるか、そうでないかということで、それが肉の業、罪の業となるのかが決まってしまうことになります。

《万一だれかが不注意にも何かの罪に陥ったなら》というのは、こうした罪に陥ったならばということです。それは「不注意にも」とありますから、何か自覚的に意識的にということではなくて、脱線してしまうということです。神さまの御旨の中ではなくて、そこから外れてしまう。脱線してしてしまう失敗です。新しい聖書協会共同訳聖書では「過ちに陥る」と訳されています。聖書では罪というものは、厳密に定義されています。Ⅰヨハネ3章には《罪とは法に背くことです》とあります。十戒に代表される法です。それを自覚的に意識的に犯すこと、守らないこと、背くこと、つまりそれは神さまへの反逆であり、背を向けることであり、断絶であります。罪と言うのは厳密にいえば、神さまとの関係が壊れていることであり、崩れていることです。4章19節からのところにある罪のリストは、そうした罪の本質から派生してくる倫理的な面があるものです。これらを罪のリストと呼ぶのは、罪の本質から派生してくる罪となる行為であるからです。聖霊に導かれた歩むクリスチャンというものは、こうした罪を退けていくことができます。しかしクリスチャンという者は決して罪を犯すことがない、神さまの御旨ではない誤った道に迷い出てしまうことはないかといえば、決してそうではありません。Ⅰヨハネ3章には《神から生まれた人は皆罪を犯しません。神の種がこの人の内にいつもあるからです。この人は神から生まれたので罪を犯すことができません》ともあります。この御言葉は真実です。クリスチャンは罪を犯さない。自覚的に意識的に神さまに背こうとはしないからです。神の恵みの中にあるならば、罪を犯すことなどできない。それは真実です。しかし不注意にも罪に陥ってしまう、脱線してしまう、足を踏み外してしまうことがあります。1節の後半に《あなた自身も誘惑されないように、自分に気をつけなさい》とあるように、サタン、悪魔の巧妙な誘惑がある。ヤコブの手紙1章には《自分自身の欲望に引かれ、そそのかされ、誘惑に陥るのです。そして欲望ははらんで罪を生み、罪が熟して死を生みます》とあるごとくです。イエスさまま荒野での40日の断食の後、サタンから誘惑を受けました。空腹を満たすために石をパンに変えてみたらどうか。イエスさまは聖書の御言葉をもってサタンの誘惑を退けられます。誘惑というのは、できないことを誘ってくるものではありません。わたししたちには石をパンに変えることなどできないので、はじめからそんな誘惑はありません。しかしイエスさまにそれがおできなさる。できないことは何の誘惑にもなりません。4章19節からの罪のリストは、性的な罪も、宗教的な罪も、人間関係の罪も、飲み食いの罪も、わたししたちにできることなのです。だからサタンは誘惑してくる。それゆえに不注意にも何かの罪に陥ってしまうことがあるわけです。

《互いに重荷を担いなさい》という「重荷」というのは、こうしたことに関わっています。だれかが不注意にも何かの罪に陥ったなら、霊に導かれて生きているあなたがたはどうするか。《互いに重荷を担いなさい》。見て見ぬふりをするのではなく、批判するだけでなく、立ち帰らせることです。回復させることです。立ち帰るというのは、聖書では、特に旧約聖書では重要な言葉です。何度も繰り返し、神に立ち帰れと語られます。神に立ち帰れと祈る。神に立ち帰れと導く。神に立ち帰れと励ます。《あなた自身も誘惑されないように、自分に気をつけなさい》とあるように、あなたも同じ可能性があるのですから、《互いに重荷を担いなさい》。それは重いものです。自分の荷は軽いのです。イエスさまは《自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい》と言われますが、自分の十字架は自分で担うことができます。それに加えて、互いに重荷を担いなさい。字義通り重くなるのです。見て見ぬふりをすれば、批判だけしていれば、重荷を担わなくてもよろしいわけですが、そういうことはできません。なぜなら2節後半に《そのようにしてこそ、キリストの律法を全うすることになるからです》とあるからです。キリストの律法とは、5章14節に《律法の全体は、「隣人を自分のように愛しなさい」という一句によって全うされるからです》と同じことです。この6章2節の「全うする」と5章14節よりも強調された表現です。イエスさまが最も重要な律法は、神を愛することであり、そして隣人を自分のように愛することであると教えてくださったキリストの律法を全うする。隣人を愛するという具体的なことが、互いに重荷を担いなさい。祈りなさい。諭しなさい。立ち帰らせなさい。

毎週土曜日にギャマノンというギャンブル依存症の家族の方々の自助グループが開かれています。昨日もはじめて来会された方がありました。内容はよくわかりませんが、テキストを使って学びをしたり、自分の経験を分かち合ったりしています。参加者は本名を名乗る必要はありません。ニックネームでよいわけです。そこでは自分の話を聞いてくれる場があります。何かアドバイスがあるわけではないと思います。否定されたり、批判されたりしません。自分の心の内にある思いを語ることができます。そこで聞いているメンバーが同じような悩みを持っていますから聞いてくれるのです。互いに重荷を担いあっているともいうことができるでありましょう。その原型聖書が語る教会の姿です。《互いに重荷を担いなさい》。とりなしの祈りをささげなさい。柔和な心で正しなさい。キリストの律法を全うしなさい。大事なことは互いにです。重荷を担う専門、担われる専門ではありません。互いにです。教師は重荷を担う専門、信徒は担われる専門ではありません。互いにです。祈りのグループを作っていますが、具体的にこのグループの兄弟姉妹がお互いに重荷を担っているでしょうか。《互いに重荷を担いなさい》。

(応答の祈りをしてください)

14献金(後日、礼拝に来られた時に献金してください。教会の口座に送金することもできます)

讃美 新聖歌 445(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

15.感謝の祈り 

16.報告

  ①先週集会 礼拝64名(HP・メール・faxの方を含む)

聖書研究祈祷会1名(休会・牧師のみ)

  ②今週の予定 10日:ホ群ユースデーキャンプ(赤羽)

12日:聖書研究祈祷会(休会

15日:ライフライン(8時・テレビ埼玉)

  ③教会便り ・ユースにお勧め賛美動画「平和はじめて知った」

        ・メールやファックスでの礼拝人数は把握できますが、HPでの人数が把握できませんので、お手数ですがメールで「HPで礼拝しました」と送信してください。

         HP等への掲載は次週までとなります。

メール pastor@akabanechurch.jp fax 03-3901-8990

        ・先週献金くださった方の献金は、本日の礼拝でささげます。

・振替口座に送金される方は、献金種別を記載してください。

          振替口座 00170-7-80756 名義 日本基督教団赤羽教会

        ・ゆうちょ銀行口座に送金される方は、メールなどで献金種別をお知らせください。

          店名〇〇八〔読み方 ゼロゼロハチ〕 店番008

          普通預金・口座番号1978382

       ・⑴会堂掃除(礼拝後・土曜日):礼拝後は〈掃除機〉と〈除菌拭き取り〉、土曜日は可能の方はお願いします。

・「夏期感謝献金」(予算は65万円)、上半期の恵みを覚えておささげしましょう。

・8/10(月)、「ホ群ユースデーキャンプ」が開かれます(10時・13時)。赤羽教会がメイン会場でで、オンラインでつなげます。オンラインは東京聖書学校HPを見てください。

・8月以降の礼拝等諸集会

 8月以降も現在の状態を継続して、HPに礼拝式順序を掲載することにします。

・***** 夏の集会予告 *****

8月23日(月) 「第40回赤羽夏期聖会」(10時から合同礼拝)

        *今年は聖会礼拝のみのプログラムになります。

 ④次週予告 ・7時:早朝礼拝

 ・9時30分:礼拝Ⅰ(SS合同)  子どもメッセージ:大友姉・説教:大友師

 ・10時45分:礼拝Ⅱ 説教)大友師

        ・礼拝以外の集会は休会となります。

        ・各部例会

17.頌栄 新聖歌63(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

18.祝祷

  主イエス・キリストの恵み、父なる神の愛、聖霊の交わりが、あなたがた一同の上 

豊かにあるように アーメン

19.黙祷

日本基督教団 赤羽教会
〒115-0042 東京都北区志茂2-56-4 TEL03-3901-8939 FAX03-3901-8990
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