日本キリスト教団 赤羽教会

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[礼拝説教]2020年8月23日  聖日礼拝順序 聖霊降臨節第13聖日

大友英樹牧師
2020年8月23日
使徒言行録 16章25-34節

2020年8月23日 聖日礼拝順序 聖霊降臨節第13聖日

赤羽夏期聖会礼拝

1. 黙祷

2.招詞 詩編102:1

3.頌栄 60(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

4.新聖歌 166(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

5.詩編交読 詩編15:1~5

6.祈り

7.新聖歌 200(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

8.主の祈り

9.使徒信条

我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず。 

我はその独り子、我らの主、イエス・キリストを信ず。主は聖霊によりてやどり、処女(おとめ)マリヤより生まれ、ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、死にて葬られ、陰府(よみ)にくだり、三日目に死人のうちよりよみがへり、天に昇り、全能の父なる神の右に坐したまへり。かしこより来たりて、生ける者と死ねる者とを審きたまはん。

我は聖霊を信ず。

聖なる公同の教会、聖徒の交はり、罪の赦し、身体(からだ)のよみがへり、永遠(とこしえ)の生命(いのち)を信ず。アーメン

10.ワーシップソング 平和初めて知った(YouTubeで検索してください)

鹿のように

11.教会聖句 使徒言行録1625

12.聖書 使徒言行録16章25~34

13.説教 『賛美と祈り』(声に出して朗読してください)

パウロは第1回目の伝道旅行を終えて、エルサレムでの教会会議に出席しました。パウロは異邦人の使徒と認められて、第2回目の伝道旅行を計画しました。それが使徒言行録15章に書いてあります。それは第1回目に訪れた町を巡って、そこに生れた小さな教会を訪問しようという計画でした。聖書の巻末にある聖書地図8を見ていただくと、パウロの第2回目の伝道旅行の行程が記されています。エルサレムでの教会会議が終わって、アンティオキア教会から出発します。そこからデルベ、リストラ、イコニオン、そしてもう一つのアンティオキアという第1回目に訪れた町を巡回していきました。そのあとの行程は地図を見ながら確認していただきたいと思います。16章6節《アジア州で御言葉を語ることを聖霊から禁じられたので、フルギア・ガラテヤ地方を通って行った。ミシア地方の近くまで行き、ビティニア州に入ろうとしたが、イエスの霊がそれを許さなかった。それで、ミシア地方を通ってトロアスに下った》。

パウロはさらにイエスさまの福音を宣べ伝えようとして、もっと西に行こう、アジア州に行こうと考えたようです。しかし聖霊から禁じられた。つまり神さまのお考えとは違ったということでしょう。それではビティニア州に行こうとしますが、それもイエスの霊が許さなかった。そしてトロアスにやってきます。そこでマケドニア人の幻を見ます。9節《その夜、パウロは幻を見た。その中で一人のマケドニア人が立って、「マケドニア州に渡って来て、わたしたちを助けてください」と言ってパウロに願った。パウロがこの幻を見たとき、わたしたちはすぐにマケドニアに向けて出発することにした。マケドニア人に福音を告げ知らせるために、神がわたしたちを召されているのだと、確信するに至ったからである》。マケドニア、それは紀元前330年にペルシアを滅ぼして当時のギリシア、エジプト、アラビア地域に世界帝国を築いたアレクサンダー大王が治めた地域です。現在はギリシアの北部に位置しています。つまりヨーロッパです。マケドニア人の幻は、イエスさまの福音がアジアの地からヨーロッパの地に宣べ伝えられることになります。エーゲ海を渡ったわけですから、福音が海を渡ったのです。パウロは異邦人の使徒として認められて、ガラテヤの教会を巡回しながら、異邦人に福音を宣べ伝えていました。その異邦人は大雑把ですがアジア人です。マケドニア人の幻は異邦人がギリシア人、つまりヨーロッパ人になります。パウロ自身、タルソスというアジアの町で育ったユダヤ人です。先ほど見た地図にあるように、パウロの使命は自分も生まれ育った小アジアと呼ばれる地域、現在のトルコ共和国での異邦人伝道ということに使命をもっていたようです。ですからビティニア州に入ろうとしたわけでありましょう。ヨーロッパに渡ることなど考えてもいなかった。しかしマケドニア人の幻は、ヨーロッパに福音を宣べ伝えること、ヨーロッパの異邦人に福音を宣べ伝えること、それが神さまのみこころなのだと確信させるに十分でありました。

まず一つめに覚えたいことは、どのようなことでも、これが神さまのみこころなのだという確信をもつことは重要であるということです。《神がわたしたちを召されているのだ》という確信です。神さまがわたしを教会に召されているのだ。招いているのだ。導いているのだという確信が大事です。それだけではありません。それが職業であろうと、学校であろうと、家庭であろうと、地域のサークルであろうと、神さまがわたしを召しておられるのだというという確信があるかないかは決定的なことです。パウロ、シラス、テモテやルカという一行は、確信をもってマケドニアに渡っていきました。

マケドニアで最初に訪れたのはフィリピであります。12節に《マケドニア州第一区の都市で、ローマの植民都市であるフィリピに行った》。パウロは新しい町に入るとユダヤ教の会堂に行きました。しかしフィリピにユダヤ教の会堂がなかったので、安息日に町の門を出て祈りの場所があると思われる川岸に行きます。そこで野外礼拝が行われていたようです。パウロはそこにいた婦人たちに話をしていましたが、特に紫布を商うリディアがパウロの話に熱心に聞き入って、イエスさまを信じて洗礼を受けました。しかも家族も洗礼を受けた。そしてリディアとその家族がヨーロッパでの第1号のクリスチャンとなります。そんなことで、パウロは川岸の祈りの場所に通って、イエスさまのことを宣べ伝えていきました。そんなある日、パウロたちの後をついてくる女性がいました。占いの霊に取りつかれている女奴隷です。主人たちに占いで儲けさせていたわけです。パウロの後についてきて、《この人たちはいと高き神の僕で、皆さんに救いの道を宣べ伝えているのです》と繰り返していたということです。それが何日も続くのでパウロはたまりかねて、《イエス・キリストの名によって命じる。この女から出ていけ》と占いの霊を追放してしまいます。するとその主人たちは金儲けの望みがなくなってしまったので、パウロたちを訴えます。20節《この者たちはユダヤ人で、わたしたちの町を混乱させております。ローマ帝国の市民であるわたしたちが受け入れることも、実行することもできない許されない風習を宣伝しております》。フィリピはローマの植民都市ですから、ローマ市民はのローマの元老院が認めた宗教しか認められないということであったようです。パウロはユダヤ教を宣べ伝えていたわけではありませんから、受け入れも実行もできないユダヤ教の風習など宣べ伝えていませんでしたが、金儲けができなくなったいう腹いせに訴えられてしまいます。高官たちはパウロとシラスを鞭打ち、牢に投げ込み、一番奥の牢に足かせをはめられて入れられてしまします。

マケドニア人の幻によって、これが神さまのみこころだと確信をもってエーゲ海を渡り、希望をもってフィリピに入り、リディアとその家族が救われ、40節には《リディアの家に行って兄弟たちに会い、彼らを励ましてから出発した》とありますから、リディアの家がフィリピ教会となっていったということでありましょう。それはイエスさまを信じて、救われるものたちが少しずつ起こされていたということです。パウロにも思いもよらなかったヨーロッパ伝道のはじめに、伝道の実りがあり、小さな教会が生まれた。パウロたちは日々、なんと神さまは素晴らしい御業を行ってくださるのだろうかと神さまを賛美しながら、川岸の祈りの場所に通っていたのではないかと思います。しかしこれも思いもよらないことでしたが、鞭打たれて、牢に入れられてしまうという試練を経験することになります。意気揚々と、希望をもって、神さまのみこころを確信して海を渡ってきました。それまでパウロたちが経験してきたのは、ユダヤ人たちから妨害を受けることでした。フィリピにはユダヤ教の会堂がないということは、それほどユダヤ人が多くはいないということなのでしょう。それまでの伝道とは違う、まさに異邦人の世界で伝道していました。それまではユダヤ人から石を投げつけられることはありましたが、フィリピでは鞭打たれて牢に入れらる。マケドニアに渡ってイエスさまの福音を宣べ伝えることが神さまのみこころでなかったのですか。そんなことを思いたくなるような経験だと思います。フィリピの町で神さまの素晴らしい御業が進められていく。そうした希望、期待、確信、そして実際に救われる人々が起こされていくのを見させていただいて、ますます期待し、確信していたことでありましょう。しかし鞭打たれ、牢に入れられるという思いがけない試練を経験します。

そうした中でのパウロとシラスの様子が、今年の教会聖句になります。25節《真夜中ごろ、パウロとシラスが賛美の歌をうたって神に祈っていると、ほかの囚人たちはこれに聞き入っていた》。鞭打たれて傷跡が痛む。足かせをはめられて自由がきかない。なぜマケドニアに導かれたのですかとつぶやきたくなるような状態です。真夜中、月の光も届かないような牢の奥深くに入れられて、詩編88編の《今、わたしに親しいのは暗闇だけです》と叫びたくなる状態です。しかし《パウロとシラスが賛美の歌を歌って神に祈っていると》、神さまの御業が起こり始めます。26節《突然、大地震が起こり、牢の土台が揺れ動いた。たちまち牢の戸がみな開き、すべての囚人の鎖も外れてしまった》。そこから看守がイエスさまの救いを経験することになります。囚人は牢の戸が全部開いてしまって、囚人は逃げ出してしまったと思って自害しようとします。それをパウロの声がとどめます。明かりをもって牢に入っていくと、そこには囚人たちが皆そこにいます。看守はパウロとシラスの前に触れ伏して、外に連れ出し尋ねます。《先生方、救われるためにはどうすればいいのですか》。占いの霊に取りつかれていた女奴隷が、「救いの道を宣べ伝えている」と言っていたのですから、「救われるためにどうしたらようのですか」と尋ねたわけです。看守はパウロたちに「先生方」と言いました。聖書の原典には「キュリオス」と書いてあります。それは主人、先生、年上の人への尊称ということで、英語聖書ではSirと訳しています。「キュリオスよ、救われるためにどうすればいいのですか」と尋ねる看守に、パウロとシラスは同じ言葉をもって答えます。《主イエスを信じなさい》。「キュリオス、イエスを信じなさい」。あなたが主、キュリオスと呼ぶべきお方はイエスさまですよ。わたしたちをキュリオスと呼ぶのではありません。イエスさまがキュリオスです。その後に、主の言葉を語ったとありますから、イエスさまがキュリオスであるとはどういうことか。イエスさまが神の子であり、全人類の罪の身代わりに、あなたの罪を赦すために十字架に死んでくださり、三日目に復活してくださったのです。このイエスさまがあなたの主、キュリオスです。救い主です。あなたを救いたもう神であられます。そしてその夜、看守とその家族が皆すぐに洗礼を受けて救われた。

神さまの御業が起こったのは、牢の奥で、こんなはずではなかった意気消沈しているところからではありません。鞭打たれた傷は、うずいて痛みますが、賛美の歌を歌って神に祈っていたときです。賛美と祈りです。牢の奥には明かりはなかったでしょうが、パウロとシラスは右手に賛美、左手に祈りを明かりを持つようにして、暗い牢を照らしていたということができるでしょうか。かつてイスラエルの民が出エジプトの救いをいただいて、意気揚々と約束の地に向かって進んでいくときに、アマレクの民が襲ってきた。モーセは丘の上で手を挙げているとイスラエルが優勢となり、手を下ろすとアマレクが優勢になったとあります。そこでモーセの両手を支えて、両手が挙げ続けられたことで、アマレクの民に勝利したとあります。そのごとく、パウロとシラスの牢の中で、賛美と祈りの手を挙げていた。そこから神さまの御業が起こる。思いもよらない神さまの御業が起こる。

わたしたちはこの年のはじめ、この御言葉をいただいて1年をスタートしました。だれがこの世界が経験していることを思い描いたでしょうか。学校が休校になる。大学に入学したけれども一度もキャンパスに行けていない。思い描いていたキャンパスライフがなくなってしまった。修学旅行なくなってしましった。海外留学がなくなってしまった。学生たちの夢や希望がガタガタと崩れていく。テレワークになり、休業要請があり、海外では外出禁止があり、オリンピックも延期となりました。教会が礼拝を中止するという考えられないことが世界中の教会で起こっている。夏の教会のプログラムはなくなりました。今年2020年はどういう神さまの御業がなされていくのだろうか。大きな期待をもってスタートしたわけですが、今私たちが経験していることは、パウロとシラスが牢の奥に足かせをされて入れられたことになぞらえることができるのではないかと思います。しかしこうした思いがけない困難のなかで、わたしたちの日々の歩みに、賛美と祈りがあるでしょうか。聖書は「賛美の歌をうたって神に祈っていると」、神の御業が起こり始めるのです。右手に賛美、左手に祈りを掲げる。そこに神さまの御業が起こり始める。毎週の礼拝で教会聖句を唱和して、賛美の歌をうたって神に祈っています。そこから神さまの御業が起こり始めています。このように毎週礼拝をささげ続けさせていただいていますが、これも神さまの御業であります。賛美と祈りをしっかりと掲げていきましょう。賛美と祈りがわたしたちの力です。そしてそこから神さまの御業が起こされることを期待していきましょう。賛美の歌をうたって神に祈っていると、神さまの御業が起こり始める。何よりも《主イエスを信じなさい。そうすればあなたも家族も救われます》とあるように、「主イエスを信じます。わたしの主は、わたしの神は、わたしの救い主は、十字架に死なれ復活されたイエスさまです」と信じ、救われる者が起こされるように期待してまいりましょう。

(応答の祈りをしてください)

14献金(後日、礼拝に来られた時に献金してください。教会の口座に送金することもできます)

讃美 新聖歌 270(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

15.感謝の祈り 

16.報告

  ①先週集会 礼拝65名(HP・メール・faxの方を含む)

聖書研究祈祷会(休会)

  ②今週の予定 25日:ホ群常任委員会

26日:キングスガーデン礼拝

聖書研究祈祷会(休会)

28日:埼京放送伝道委員会

29日:ライフライン(8時・テレビ埼玉)

  ③教会便り ・ユースにお勧め賛美動画「詩篇51篇」

        ・メールやファックスでの礼拝人数は把握できますが、HPでの人数が把握できませんので、お手数ですがメールで「HPで礼拝しました」と送信してください。

         HP等への掲載は次週までとなります。

メール pastor@akabanechurch.jp fax 03-3901-8990

        ・先週献金くださった方の献金は、本日の礼拝でささげます。

・振替口座に送金される方は、献金種別を記載してください。

          振替口座 00170-7-80756 名義 日本基督教団赤羽教会

        ・ゆうちょ銀行口座に送金される方は、メールなどで献金種別をお知らせください。

          店名〇〇八〔読み方 ゼロゼロハチ〕 店番008

          普通預金・口座番号1978382

       ・会堂掃除(礼拝後・土曜日):礼拝後は〈掃除機〉と〈除菌拭き取り〉、土曜日は可能の方はお願いします。

・8/10(月)、「ホ群ユースワンデーキャンプ」を開催しました。九州から松尾KGK主事の「キリストの光」をテーマにしたメッセージがあり、メイン会場の赤羽教会から賛美リードがありと、オンラインでつなげて行いました。

・本日は「第40回赤羽夏期聖会」となります。SS幼小科の礼拝は9時30分から1階集会室になります。第1礼拝は10時からの聖会礼拝に合流します。

今年の赤羽夏期聖会は、教会聖句が主題の聖会礼拝のみのプログラムですが、霊的な恵みをいただきましょう。

・8/30(日)、第2礼拝は「民数記」からの説教がはじまります。

・8/23(日)、22時から教会前の商店街で撮影したNHKBSドラマ「すぐ死ぬんだから」(原作:内館牧子、主演:三田佳子) 全5話で放送されます。

 ④次週予告 ・7時:早朝礼拝

 ・9時 30分:礼拝Ⅰ 説教)大友師 子どもメッセージ)大友姉

 ・10時45分:礼拝Ⅱ 説教)大友師

        ・礼拝以外の集会は休会となります。        

17.頌栄 新聖歌63(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

18.祝祷

  主イエス・キリストの恵み、父なる神の愛、聖霊の交わりが、あなたがた一同の上 

豊かにあるように アーメン

19.黙祷

日本基督教団 赤羽教会
〒115-0042 東京都北区志茂2-56-4 TEL03-3901-8939 FAX03-3901-8990
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