日本キリスト教団 赤羽教会

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[礼拝説教]2020年8月30日  聖日礼拝順序 聖霊降臨節第14聖日

大友英樹牧師
2020年8月30日
民数記 2章1-9節

2020年8月30聖日礼拝順序 聖霊降臨節第14日

1. 黙祷

2.招詞 詩編96:1~3

3.頌栄 60(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

4.新聖歌 11YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

5.詩編交読 詩編87:1~7

6.祈り

7.新聖歌 170(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

8.主の祈り

9.使徒信条

我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず。 

我はその独り子、我らの主、イエス・キリストを信ず。主は聖霊によりてやどり、処女(おとめ)マリヤより生まれ、ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、死にて葬られ、陰府(よみ)にくだり、三日目に死人のうちよりよみがへり、天に昇り、全能の父なる神の右に坐したまへり。かしこより来たりて、生ける者と死ねる者とを審きたまはん。

我は聖霊を信ず。

聖なる公同の教会、聖徒の交はり、罪の赦し、身体(からだ)のよみがへり、永遠(とこしえ)の生命(いのち)を信ず。アーメン

10.ワーシップソング 平和初めて知った(YouTubeで検索してください)

11.教会聖句 使徒言行録1625

12.聖書 民数記2:1~9

13.説教 『臨在の幕屋を中心に』(声に出して朗読してください)

本日から民数記からの説教をはじめます。民数記という書名のごとく、イスラエルの民の数を数える場面が2回出てきます。1度目は1章で、出エジプトしてから1年経過したとき、2度目は26章で、40年の荒野の旅を終えて間もなく約束の地、カナンの地に入る前になります。それぞれ60万人ぐらいとなっています。それは20歳以上の男性ということでしたから、全体はその3倍、4倍というようなことになるかと思います。ヤコブの家族たちがたった70人でエジプトに移住してから、多くの民となって出エジプトし、40年の荒野の旅でも人数を減らすことなく約束の地に入ることになります。しかし民数記の本来のテーマは、イスラエルの民の人口を数えることにあるわけではありません。旧約聖書の元来の書名は、民数記1章1節に《イスラエルの人々がエジプトの国を出た翌年の第二の月の一日、シナイの荒野にいたとき、主は臨在の幕屋でモーセに仰せになった》と「荒野にいたとき」とあります。これが元来の書名です。荒野の40年間、イスラエルの民がどのようであったのか。明治の終わりにホーリネス教会で救われ、後に日本を代表する旧約学者となった渡辺善太先生は、民数記について「訓練としての40年間の失敗、背信、懲罰、育成を記している」と解説しています。イスラエルの民がどのように養われ、叱責され、悔い改め、立ち上がっていったのか。これが民数記の内容であります。

 もう少し民数記を聖書の救済史、救いの歴史ということから見ていきますと、創世記において人間が神さまに背いて罪に落ちてしまった。そこでアブラハムが選ばれて、罪からの救いをもたらすすべての民の祝福の基とされます。アブラハムからイサク、イサクからヤコブとつながり、創世記の終わりにはヤコブの12人の息子たち、そして70人の家族がエジプトに移り住みます。出エジプト記では430年が経過して、イスラエルの民が男だけでも60万という大きな民となりました。またエジプトでの多くの苦しみの叫びが神さまに届いて、モーセを指導者として出エジプトの救いがなされました。そのために必要であったのが、過越の小羊であります。小羊の血潮が門に塗られていたイスラエルの民は災いから守られ、出エジプトの恵みに経験します。それは新約聖書の光から見れば、十字架にかかられた神の小羊イエス・キリストの血潮による罪からの救いを指し示します。出エジプト記はシナイ山で十戒が与えられ、律法が与えられて、神さまと契約を結びます。イスラエルの民は神の民となるわけです。そこで神の民に神さまに礼拝をささげる幕屋を造りなさいと命じられます。そして命じられたとおりに幕屋が完成します。レビ記に入りますと、その幕屋でどのような礼拝がささげられるのか。神さまをれいはいするために、罪が赦されなければならない。そのためにどのような犠牲がささげられのか。焼き尽くす献げ物、和解の献げ物、贖罪の献げ物、賠償の献げ物という犠牲をささげて礼拝がささげられました。その礼拝のためにアロンとその息子たちが祭司として任職されます。レビ記の後半では、神の民は、神が聖なる者であるから、聖なる者でありなさいと勧められています。そして民数記に入ります。

先ほど読みました1章1節には日付がありました。《イスラエルの人々がエジプトの国を出た翌年の第二の月の一日》です。出エジプトから3か月でシナイ山に到着し、十戒をいただき、契約を結び、幕屋を建てるということが行われてきました。およそ10か月間シナイ山のふもとにいたことになります。いよいよ人数を数えて、約束の地に向けて出発する時が来ました。実際に出発するのは10章11節にあるように2月20日になります。すでに出エジプトしてから1年が経過していますが、いわゆる40年に荒野の旅が始まることになります。民数記はその40年の荒野の旅を物語ります。出エジプトして、神さまを礼拝する幕屋を建て、その礼拝の仕方を教えられてきました。民数記はこれから出発していきます。具体的に幕屋において礼拝をささげながら、40年の旅をスタートする。それはイスラエルの民の信仰の旅です。約束の地を目標にした信仰の旅がはじまる。わたしたちが民数記を学ぶ意義というのはここにあります。シナイ山のふもとにずっと留まっているわけにはいきません。約束の地に出発しなければなりません。礼拝をささげる幕屋が与えられ、礼拝をささげる仕方を教えられました。いよいよそれを実践していく信仰の旅がはじまる。その信仰の旅の中で、神の民としての訓練をいただいて、失敗し、背信し、懲罰を受け、育成させれていく。それが民数記となります。

そこで今日の聖書箇所はこれから出発する荒野の旅、信仰の旅の基本が教えられているところです。2つのことが教えられています。まず第1はどういう形で生活するのかということです。2章1節からお読みします。《主はモーセとアロンに仰せになった。イスラエルの人々は、それぞれ家系の印を描いた旗を掲げて宿営する。臨在の幕屋の周りに、距離を置いて宿営する》。ここには幕屋を中心にして、その周りにイスラエルの民が宿営することが語られていきます。東が正面となりますから、幕屋の正面のところに3つの部族、南側に3つの部族、西側に3つの部族、北側に3つの部族というように配置されます。ヤコブの家族がエジプトに移住したとき、12人の息子とその70人の家族でありました。ヤコブの12人の息子たち、これがイスラエルの民の12部族となるわけです。聖書はそのうちのモーセや祭司となったアロンが属しているレビ族は幕屋に仕えるということで別にしました。その代わりにヨセフの息子のマナセとエフライムを加えて12部族となります。その12部族は荒野の旅、信仰の旅では宿営する場所が決まっていました。自由に今回は東側にしようとか、西側にしようということはできませんでした。この配置に意味があるのかは定かではありません。ただ正面の東側にユダ族がいるということは意味のあることです。それは新約聖書の最初、マタイによる福音書のイエス・キリストの系図は、アブラハム、イサク、ヤコブ、ユダと続いていくからです。ユダ族からイエス・キリストがお生まれになる。そういう意味では、幕屋の正面にユダが宿営するということは意味があると思います。

2つめは、荒野の旅をはじめるわけですが、その順序があるということです。最初に東側に宿営するユダ族、イサカル族、ゼブルン族からスタートします。次に南に宿営する部族、その次は17節に《臨在の幕屋は、レビ人の宿営に囲まれて全宿営の中央を行進する》。臨在の幕屋は、荒野の旅をするときにはレビ人によってたたまれて、持ち運ばれます。3番目は臨在の幕屋が進みます。そしてその次に西側に宿営する部族、最後に北側に宿営する部族が後に続きます。

一つめの荒野の旅で宿営するときには、臨在の幕屋の周りに、12部族がそれぞれ宿営する。《距離を置いて宿営する》とありますが、これは例えば東側の3部族が各部族の間に距離を置いて宿営するという意味もありますが、「向きあう」という意味もあります。何に向き合うか。文語訳聖書では「集会の幕屋のまわりにおいて、これにむかいて営を張るべし」と訳されています。臨在の幕屋の方を向いてということです。神の民は一つの方向に目を向けている。臨在の幕屋に向かって宿営している。さらに二つめの荒野の旅を進んでいくときには、その中央に臨在の幕屋が進んでいきます。進んでいくときには前を向いていますから、臨在の幕屋のみんなの目が注がれているということはありませんが、その荒野の旅の真ん中に臨在の幕屋がある。

このことはわたしたちクリスチャンの信仰の旅のひな型です。臨在の幕屋、それは礼拝をささげる幕屋です。信仰の旅は礼拝の旅です。臨在の幕屋、それは神さまの臨在です。宿営するときはいつも臨在の幕屋に目が注がれている。旅立つときは臨在の幕屋が中央にある。信仰の旅は、礼拝から礼拝へと向かって行く。信仰の旅は、神さまの臨在、新約聖書の光からすれば、わがうちにイエス・キリストが住みたもうということ、聖霊に満たされるということです。わたしたちは荒野の旅をしているイスラエルの民のように、宿営の場所、住んでいる場所が定まっているわけではありません。信仰の旅の順序があるわけではありません。いろんなところに住み、様々な歩みの中で信仰の旅をしています。大事なことは、信仰の旅は礼拝から礼拝へということです。今日ここで礼拝をささげさせていただいた。ここから次の聖日の礼拝に向かって進んでいく。そして日々、臨在の幕屋が中央にあるように、神さまの臨在、イエス・キリストの内住、聖霊の満たしの中を歩んでいく。それがわたしたちの信仰の旅です。《臨在の幕屋の周りに、距離を置いて宿営する》、《臨在の幕屋は、レビ人の宿営に囲まれて全宿営の中央を行進する》。

(応答の祈りをしてください)

14献金(後日、礼拝に来られた時に献金してください。教会の口座に送金することもできます)

讃美 新聖歌 421(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

15.感謝の祈り 

16.報告

  ①先週集会 礼拝59名(HP・メール・faxの方を含む)

聖書研究祈祷会(休会)

  ②今週の予定 8月31日~9月2日 東京聖書学校退修会

 2日:聖書研究祈祷会(休会)

 4日:ケズィック東京委員会

    北東京シティクリスマス実務委員会

  5日:ライフライン(8時・テレビ埼玉)

  ③教会便り ・ユースにお勧め賛美動画「I can only imagine」

        ・メールやファックスでの礼拝人数は把握できますが、HPでの人数が把握できませんので、お手数ですがメールで「HPで礼拝しました」と送信してください。

         HP等への掲載は次週までとなります。

メール pastor@akabanechurch.jp fax 03-3901-8990

        ・先週献金くださった方の献金は、本日の礼拝でささげます。

・振替口座に送金される方は、献金種別を記載してください。

          振替口座 00170-7-80756 名義 日本基督教団赤羽教会

        ・ゆうちょ銀行口座に送金される方は、メールなどで献金種別をお知らせください。

          店名〇〇八〔読み方 ゼロゼロハチ〕 店番008

          普通預金・口座番号1978382

       ・会堂掃除(礼拝後・土曜日):礼拝後は〈掃除機〉と〈除菌拭き取り〉、土曜日は可能の方はお願いします。

       ・8/23(日)、「第40回赤羽夏期聖会」は聖会礼拝のみとなりましたが、今年の教会聖句の御言葉をいただきました。

       ・本日から第2礼拝は「民数記」からの説教となります。民数記はイスラエルの民を訓練した荒野の40年の旅を凝縮した神の物語です。

       ・先週の聖日には森下神学生が郷里派遣で出席してくださいました。本日、赤岩神学生は郷里派遣で甘楽教会(群馬)に行っています。明日から「退修会」、秋の学びが始まります。

・8/23(日)、22時から教会前の商店街で撮影したNHKBSドラマ「すぐ死ぬんだから」(原作:内館牧子、主演:三田佳子) 全5話で放送されます。

 ④次週予告 ・7時:早朝礼拝

 ・9時 30分:礼拝Ⅰ 説教)岡田師 子どもメッセージ)岡田師

 ・10時45分:礼拝Ⅱ 説教)大友師

        ・礼拝以外の集会は休会となります

        ・教会役員会

17.頌栄 新聖歌63(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

18.祝祷

  主イエス・キリストの恵み、父なる神の愛、聖霊の交わりが、あなたがた一同の上 

豊かにあるように アーメン

19.黙祷

日本基督教団 赤羽教会
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