日本キリスト教団 赤羽教会

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[礼拝説教]2020年9月13日聖日礼拝順序 聖霊降臨節第6聖日

大友英樹牧師
2020年9月13日
民数記 6章1-8節

2020年9月13聖日礼拝順序 聖霊降臨節第16日

1.祈祷

2.招詞 詩編42:1

3.頌栄 60(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

4.新聖歌 11YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

5.詩編交読 詩編65:6~14

6.祈り

7.新聖歌 406(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

8.主の祈り

9.使徒信条

我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず。 

我はその独り子、我らの主、イエス・キリストを信ず。主は聖霊によりてやどり、処女(おとめ)マリヤより生まれ、ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、死にて葬られ、陰府(よみ)にくだり、三日目に死人のうちよりよみがへり、天に昇り、全能の父なる神の右に坐したまへり。かしこより来たりて、生ける者と死ねる者とを審きたまはん。

我は聖霊を信ず。

聖なる公同の教会、聖徒の交はり、罪の赦し、身体(からだ)のよみがへり、永遠(とこしえ)の生命(いのち)を信ず。アーメン

10.ワーシップソング わたしたちのこの口は(YouTubeで検索してください)

11.教会聖句 使徒言行録1625

12.聖書 民数記6:1~8

13.説教 『ナジル人の誓願』(声に出して朗読してください)

今日はナジル人を取り上げます。イスラエルの民、神の民というのは、アブラハムが選ばれから、イサク、ヤコブと続いていって、ヤコブは12人の息子とエジプトに移り住みました。そこで多くの民となり、困難を経験します。神さまがその叫び声を聞かれて、モーセを指導者として出エジプトの救いをもたらします。わたしは主であると言われる神さまが、出エジプトをもって救いの神としてご自身をあらわしてくださいました。ヤコブの12人の息子のうち、レビ族の中からモーセが指導者に選ばれました。そしてモーセの兄であるアロンとその息子たちは、祭司として幕屋に仕える者となります。そしてその他のレビ族の者、レビ人は祭司とは違いますが、幕屋に仕える者となります。出エジプト後の40年の荒野の旅では、移動するたびに幕屋をたたんで持ち運んで、宿営地にそれを建てるという奉仕を担いました。

ヤコブの12人の息子、それがイスラエルの12部族という基本的な共同体の構成員となったわけですが、そこからレビ人が幕屋に仕える者として取り分けられました。そうしますと11部族となってしまいますので、エジプトのリーダーとなったヨセフの二人の息子、エフライムとマナセが12部族に加えられることになります。このように神の民とされたイスラエルには、12部族があって、そしてレビ人は幕屋に仕える者として別にとりわけられます。これがイスラエルの民の共同体構成員です。

そうすると今日の聖書に出てくるナジル人とは、どういうことになるのでしょうか。レビ人のように、ナジル人という12部族から取り分けられた者がいるのでしょうか。このナジル人というのは、12部族の中からレビ人のように、何か特別なことのために取り分けられた者ではありません。12部族のイスラエルの民の全体がナジル人となる対象であります。2節に《イスラエルの人々に告げてこう言いなさい。男であれ、女であれ、特別の誓願を立て、主に献身してナジル人となるならば》とあるように、イスラエルの民の男であっても、女であっても、ナジル人になることができる。「主に献身してナジル人となる」とありますから、ナジル人という部族とか、家系とかということではなくて、ナジル人というのは主に献身している者です。ナイル人は祭司のような奉仕職に就く人ではありませんし、レビ人のように幕屋の奉仕者ではありません。神の民として、イスラエルの民の一員として、日々の生活を送りながら、「わたしは主に献身します」と特別な誓願を立てた者、それがナジル人です。

聖書にはこうした主に献身するナジル人は、男でも女でもなることができるとあります。祭司は生涯、神さまに選ばれた者として主に献身した者でありますが、男性でなければなりません。ナジル人は男でも女でも、神さまに選ばれたというのではなくて、自発的に自分から献身します。特別な誓願を立ててありますから、何らかの理由があって、自分から主に献身する者であります。またナジル人は生涯ナジル人であるということもありますが、通常はナジル人の誓願期間中とあるように、一定の期間、「わたしは主に献身します、ナジル人になります」と主に献身する者です。

ナジル人として献身する者は、その期間だけではありますが、祭司よりも厳しい、徹底した献身が求められます。3節に《ぶどう酒も濃い酒も断ち、ぶどう酒の酢も濃い酒の酢も飲まず、ぶどう液は一切飲んではならない》とあります。祭司は《臨在の幕屋に入るときは、ぶどう酒や強い酒を飲むな》と禁じられていますが、ナジル人はいつでも禁酒であります。ナジル人は神を長く伸ばしていました。祭司は頭に主に聖なる者と刻んだ額当てをつけていましたが、ナジル人は聖なる者であるということを髪の毛を伸ばすことであらわしました。さらにナジル人は死体に触れてはならない。7節に《父母、兄弟姉妹が死んだときも、彼らに触れて汚れを受けてはならない》とありますが、祭司も死体に触れないということがありました。ルカ福音書10章の善いサマリア人の譬えに出てくる祭司が道の向こう側を通っていったことの理由として、死体に触れないということがあったわけです。しかし祭司は父母、息子、娘、兄弟というような近親者であれば死体に触れてよいとされていました。ナジル人は近親者であっても触れてはなない。もし触れたならば、ナジル人としての誓願期間を最初からやり直さなければならないことになります。ナジル人の献身はそれほどに徹底したものでした。

聖書で有名なナジル人は、イスラエル王国ができる前、士師記に登場する怪力のサムソンがいます。サムソンは母親の胎内にいるときからナイル人として神にささげられている者でした。サムソンの力の源は長く伸ばした髪の毛でありました。当時、ペリシテの民に悩まされていたなかで、サムソンが士師、リーダーとして用いられました。聖書を見ると、その時代時代にナジル人がいたことがわかります。BC760頃、アモスという預言者が神の義を語り伝えました。そのアモスは《わたしはお前たちの中から預言者を、若者の中からナジル人を起こした。…しかしお前たちはナジル人に酒を飲ませ、預言者に、預言するなと命じた》と批判しています。ナジル人がナジル人として、主に献身することを妨げているではないということです。BC600年頃、エレミヤはナジル人であったレカブ一族を呼んで、ぶどう酒を飲んでくださいと言いました。するとレカブ一族は《我々はぶどう酒を飲みません。父祖レカブの子ヨナダブが、子々孫々に至るまでぶどう酒を飲んではならない、命じたからです…我々は父祖ヨナダブの命じたすべてのことに従って行ってきました》と答えます。エレミヤに主の言葉が臨みます。レカブ一族は父祖の命令に聞き従って、ナジル人としてぶどう酒は飲まないという。ところがイスラエルの民よ、あなたがたは主の言葉に聞き従おうとしていないではないかと批判の言葉が語られています。新約聖書には、バプテスマのヨハネがナジル人の姿として思い起こされます。使徒言行録18章にはパウロは誓願を立てていたので髪を切ったとあります。パウロもナジル人として誓願を立てていたということでありましょう。

このナジル人の姿、主に献身するナジル人の姿は、特別の誓願を立てるということですから、特別なことのように思えるかもしれません。この特別な誓願というのは、「驚くべきこと」という意味から派生しています。通常のことではないということです。わたしは思うのですが、クリスチャンというものは驚くべきことを知っています。この世界が本当に驚かなければならない驚きの中の驚きです。神であるお方が人となられ、死を知らない方が十字架の死を引き受けてくださり、死を味わわれたお方が死に勝利されて復活されました。まことに驚くべきことは、この主イエス・キリストです。この主イエス・キリストを信じて救われること以上に、驚くべきことはありません。このわたしのために驚くべきことがなされた。それが聖書の告げる福音、イエス・キリストの十字架と復活の御業です。ナジル人は特別な誓願を立てると言われますが、新約の恵みに生きるわたしたちクリスチャンとって、驚くべき御業をなされたイエス・キリストの他に特別な誓願はありません。わたしために驚くべき御業をなしてくださったイエス・キリストのためにわたしをささげる。それこそが特別な誓願です。この日本の地でクリスチャンとして歩むということは、なかなか厳しいところがあります。それでも驚くべき御業をなされたキリストのために生きる。主に献身するということが求められます。ナジル人して生きる、主に献身することが求められます。何もナジル人として生きるといいましても、ぶどう酒を飲まないとか、髪の毛を長く伸ばすとか、近親者でも死体に触れないということではありません。日本に伝えられたキリスト教には禁酒禁煙という生き方も含まれていましたから、それは大事なことだと思いますが、髪の毛とか、死体に触れないというような外側のことではなくて、わたしは主に献身する。わたしのために驚くべき御業をなしてくださった主のために生きる。そういうナジル人であることが求められます。聖日ごとに礼拝をささげるとき、主の恵みと祝福に押し出されて、今週もナジル人として主に献身しようと決意する。神さまに握りしめられた、神さまの者として聖別された者として生きる。そのように祈りをささげる。8節に《ナジル人である期間中、その人は主にささげられた聖なる者である》。「聖なる者」、これはカドーシュという言葉で、ホーリネスということです。ナジル人として生きるということは、ホーリネスの恵みに生きるということです。ホーリネスの恵みを宣証する教会のメンバーとして、「わたしはナジル人である。主に献身した、主にささげられた聖なる者である」と今日も、この週も祈りと献身をささげて、ナジル人の誓願をして出発していきましょう。

(応答の祈りをしてください)

14献金(後日、礼拝に来られた時に献金してください。教会の口座に送金することもできます)

讃美 新聖歌 405(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

15.感謝の祈り 

16.報告

  ①先週集会 礼拝64名(HP・メール・faxの方を含む)

聖書研究祈祷会(休会)

  ②今週の予定 15日:赤羽朝祷会

16日:聖書研究祈祷会

17日:東京聖書学校講義

18日:エレベーター点検

19日:ライフライン(8時・テレビ埼玉)

  ③教会便り ・ユースにお勧め賛美動画「I can only imagine」

        ・メールやファックスでの礼拝人数は把握できますが、HPでの人数が把握できませんので、お手数ですがメールで「HPで礼拝しました」と送信してください。

         HP等への掲載は次週までとなります。

メール pastor@akabanechurch.jp fax 03-3901-8990

        ・先週献金くださった方の献金は、本日の礼拝でささげます。

・振替口座に送金される方は、献金種別を記載してください。

          振替口座 00170-7-80756 名義 日本基督教団赤羽教会

        ・ゆうちょ銀行口座に送金される方は、メールなどで献金種別をお知らせください。

          店名〇〇八〔読み方 ゼロゼロハチ〕 店番008

          普通預金・口座番号1978382

       ・会堂掃除(礼拝後・土曜日):礼拝後は〈掃除機〉と〈除菌拭き取り〉、土曜日は可能の方はお願いします。

       ・9/9(水)、「東京聖書学校理事会」と「ホ群委員会」がオンラインで開催されました。10月開催の「ホ群信徒教師共同セミナー」はオンラインで行うためのプログラムを話し合いました。

・毎週月曜日の高校生集会(hi-b.a)は2学期もオンラインとなります。https://www.hi-ba.comのイベントページを見て下さい。

・9/8(火)、「北東京シティクリスマス」委員会を開催、12/13(日)に北とぴあでの開催準備を進めています。

・本日、「聖城9月号」を配布しました。ご愛読ください。

 ④次週予告 ・7時:早朝礼拝

 ・9時 30分:礼拝Ⅰ 説教)大友師 子どもメッセージ)赤岩神学生

 ・10時45分:礼拝Ⅱ 説教)大友師

        ・礼拝以外の集会は休会となります

        ・各部例会(短く報告と祈り)

17.頌栄 新聖歌63(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

18.祝祷

  主イエス・キリストの恵み、父なる神の愛、聖霊の交わりが、あなたがた一同の上 

豊かにあるように アーメン

19.黙祷

日本基督教団 赤羽教会
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