日本キリスト教団 赤羽教会

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[礼拝説教]2020年9月20日聖日礼拝順序 聖霊降臨節第7聖日

大友英樹牧師
2020年9月20日
民数記 6章22-27節

2020年9月20聖日礼拝順序 聖霊降臨節第17日

1. 黙祷

2.招詞 詩編24:9~10

3.頌栄 60(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

4.新聖歌 13(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

5.詩編交読 詩編23:1~6

6.祈り

7.新聖歌 172(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

8.主の祈り

天にまします我らの父よ。願わくはみ名を崇(あが)めさせたまえ。み国を来たらせたまえ。

みこころの天になる如く地にもなさせたまえ。我らの日用の糧を今日も与えたまえ。

我らに罪を犯す者を我らが赦す如く、我らの罪をも赦したまえ。

我らを試みにあわせず、悪より救い出(いだ)したまえ。

国と力と栄えとは限りなく汝のものなればなり。アーメン

9.使徒信条

我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず。 

我はその独り子、我らの主、イエス・キリストを信ず。主は聖霊によりてやどり、処女(おとめ)マリヤより生まれ、ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、死にて葬られ、陰府(よみ)にくだり、三日目に死人のうちよりよみがへり、天に昇り、全能の父なる神の右に坐したまへり。かしこより来たりて、生ける者と死ねる者とを審きたまはん。

我は聖霊を信ず。

聖なる公同の教会、聖徒の交はり、罪の赦し、身体(からだ)のよみがへり、永遠(とこしえ)の生命(いのち)を信ず。アーメン

10.ワーシップソング 私たちのこの口は(YouTubeで検索してください)

11.教会聖句 使徒言行録1625

12.聖書 民数記6:22~27

13.説教 『神が顔を向ける』(声に出して朗読してください)

 ここで祭司による祝福がなされますが、なぜここで祭司が祝福をするのかと考えてみますと、少し唐突な感じがします。わたしたちが新約聖書を読みますと、特にパウロの手紙はその最後に祝福の言葉があります。Ⅱコリント13章には礼拝の祝祷に用いられるものですが、《主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなたがた一同と共にあるように》とあります。その手紙の締めくくりです。そのように考えますと、この祭司による祝福は民数記の締めくくりでなくて、途中で、しかもだいぶ前の方にあるわけです。不思議な感じがします。これはモーセ五書と呼ばれます創世記から申命記というのは、一つ一つの書物で区切られる面もありますが、もう一面では書物をまたいで、大きなまとまりになっていることもあります。この民数記6章の祭司による祝福は、そうした大きなまとまりからしますと、その締めくくりということができます。

 その大きなまとまりはどこからかと言いますと、出エジプト記です。イスラエルの民は、モーセを指導者としてエジプトから解放され、出エジプトの救いをいただきました。出エジプトから3か月でシナイ山にやってきます。そこでモーセを通して十戒や律法を与えられ、神さまが契約を結んでくださって神の民となります。それが出エジプト記19~24章です。そうしますと神の民として神さまを礼拝する幕屋を建てるようにと命じられます。出エジプト記の後半は、こういう幕屋を建てなさいという命令と実際に幕屋を建てるということが語られていきます。そして最後の40章で完成します。次のレビ記はその幕屋でどのような礼拝をささげるか、どのようなささげものが必要かということが語られていきます。それがレビ記1~7章です。そして8~9章で幕屋での礼拝に仕える祭司が任職されて、実際に幕屋での礼拝がささげまれます。レビ記9章にはその礼拝がささげられたとき、祭司アロンが両手を挙げて民を祝福します。そこには次のように語られています。《アロンは手を挙げて民を祝福した。…モーセとアロンが臨在の幕屋に入った。彼らが出て来て民を祝福すると、主の栄光が民全体に現れた》。レビ記はそのあと神の民は聖なる者であれということで、様々なことできよいということが教えられてレビ記が終わります。そして民数記に入るわけです。シナイ山に来てから10か月ほど経過しました。幕屋ができ、そこでの礼拝がはじまりました。神の民としての陣容を整えて、いよいよカナンの地に向けて出発するときがやってきます。そこで人口調査が行われ、宿営する場所、行進する順序が定められます。祭司とともに幕屋に仕えるレビ人の役割が定められます。こうしてシナイ山のふもとで、幕屋を建て、神の民としての陣容を整えて、すべての準備が整えいました。そういう意味で、この民数記6章は、出エジプト記19章でシナイ山のふもとに到着してから、いよいよ荒野の旅に出発する準備が整ったという一つの大きなまとまりの締めくくりということができます。それで祭司による祝福が与えられたということになります。レビ記9章では祭司が祝福したとあって、その言葉が記されていませんが、この民数記の祝福の言葉が語られたと考えてよろしいと思います。《主があなたを祝福し、あなたを守られるように。主が御顔を向けてあなたを照らし、あなたに恵みを与えられるように。主が御顔をあなたに向けてあなたに平安を賜るように》。

 これはアロンの祝福と呼ばれるもので、カルヴァンという宗教改革者は礼拝式文のなかで、このアロンの祝福を礼拝で用いることを勧めています。そういうことで、礼拝での祝祷で用いられることもあります。そういうたいへん重要なよく知られている祝福の御言葉です。わたしたちの礼拝では、通常は祝祷ではⅡコリント13:13が用いられます。それとともにこのアロンの祝福と呼ばれる祝祷も用いられています。一つ覚えたいことは、礼拝での祝祷というのは、祝福の祈祷という漢字があてられていますが、礼拝での祝祷は「祝福がありますようにとか、祝福してください」という祈りではありません。本来は祝福の宣言、祝福の授与ということです。ですから祝祷ではなくて、祝福と呼んだ方が相応しいといえばそうなります。今日の聖書にも《あなたたちはイスラエルの人々を祝福して、次のように言いなさい》とありますが、これは「祝福しなさい」という命令です。27節には《わたしは彼らを祝福するであろう》と神さまが祝福することが強調して語られています。わたしたちは礼拝において祝祷をいただきます。これは牧師であるわたしが皆さんの祝福を祈るのではありません。神さまの祝福を宣言する、授与するのです。神さまの祝福をいただいて、礼拝から出て行く。それが礼拝での祝祷です。そういう意味で、礼拝での祝祷で、どのような神さまからの祝福をいただいて出て行くのだろうか。そのことをこのアロンの祝福から確かめたいと思います。

 祝福ということは、聖書では命の充満というようなことで、豊作であるとか、豊かとなるなど具体的なことで祝福されていると考えるところがあります。しかし今日の御言葉をよく見ますと、祝福は神さまが与えてくださるもので、神さまの強い意志がでもあります。祝福するのは主なる神です。わたしが祝福すると言われます。ですから、神さまご自身が祝福であると言ってよろしいと思います。祝福とは、これだ、あれだということもできますが、神さまご自身こそが祝福であって、神さまを知ること、神さまと共にあること、それが祝福であります。このアロンの祝福には、「主が御顔を向けて」ということが2回出てきます。2回とも違うように訳していますが、両方とも「主が御顔をあなたに」というのが原典です。神さまが祝福である。神さまが知ること、共に歩むこと、それが祝福であるということですが、具体的には「主が御顔をあなたに」向けてくださることです。神さまがわたしに顔を向けてくださる。それが祝福です。聖書は神さまと人間の間には、人間の罪のゆえ断絶があって、神さまの顔を見るなどということができません。それは死を意味します。出エジプト記33章にはモーセに《あなたはわたしの顔を見ることはできない。人はわたしを見て、なお生きいることはできないからである》とあり、イザヤ6章はイザヤが《災いだ、わたしは滅ぼされる。私の目は王なる万軍の主を仰ぎ見た》と、神さまの顔を見ることはできないということです。しかし創世記32章では、ヤコブがペヌエル、神の顔という場所で祝福してくれなければ離しませんと組打ちを、神と顔を合わせて神を見たのに生きているということもありました。わたしたちは実際に神さまと顔と顔を合わせることはできません。Ⅰコリントには今は鏡におぼろに映ったものを見ているようだとあります。しかし神さまの方からは、その御顔を向けてくださいます。わたしにはそれはおぼろにしか見えません。しかし神さまからははっきりとその御顔を向けてくださっています。この礼拝をささげるわたしに、この礼拝をささげるわたしたちに御顔を向けてくださいます。礼拝の祝祷でいただく祝福は、何といっても神さまが御顔を向けてわたしを見てくださっているという祝福です。神さまがその御顔をもって、わたしの新しい週の歩みを照らしてください。26節の方の「主が御顔をあなたに向けて」というのは、顔を上げるということです。うつむいていれば見ることができません。そしてそれは関心がない、無視することです。御顔を上げてくださるということは、神さまは関心がある。関わりたい。気にしているということです。

 ですから神さまは御顔を向けて、あなたの道を守りたいと願っておられます。あなたの歩みに恵みがあるようにと願っておられます。あなたの内に平安が、シャロームがあるようにと願っています。神さまの祝福は、御顔を向けてくださるという臨在です。神共にいます。インマヌエルです。神さまの祝福は、新しい週の歩みを守りたもう。支えたもう。恵みを与えたもう。それは私たちにとっては、何といっても、主イエス・キリストの十字架と復活です。罪の赦しと永遠の命の恵みです。新しい週もこの恵みに生きるように。そして様々なことに出会う中で、いつも主の平安、シャロームをいただいて歩むように。そのような祝福が語られます。アロンは両手を上げて、この祝福を宣言しました。この祝福の言葉が語らてるとき、神さまの祝福が現実のものとなります。今日の礼拝でも、祝祷の言葉が語られるとき、神さまの祝福がそこに現実のものとなります。神さまが御顔を向けて臨在をもって臨みたもう。あなたの新しい週の歩みを守り、恵み、平安を与えたもう。神さまの祝福をしっかりと握って、この礼拝から新しい一週間の歩みをはじめることができるのは、何と幸いなことでしょうか。

(応答の祈りをしてください)

敬老祝福の祈り

 今年の該当者は下里加津代姉です。また今年卒寿を迎えたお二人(佐々木かつ姉・田川晶子姉)の祝福をお祈りください。

14献金(後日、礼拝に来られた時に献金してください。教会の口座に送金することもできます)

讃美 新聖歌 198(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

15.感謝の祈り 

16.報告

  ①先週集会 礼拝63名(HP・メール・faxの方を含む)

聖書研究祈祷会(休会)

  ②今週の予定 23日:キングスガーデン礼拝

聖書研究祈祷会

24日:東京聖書学校講義

25日:埼京放送協力伝道委員会

    リバイバル祈祷会(牧師のみ)

26日:ライフライン(8時・テレビ埼玉)

  ③教会便り ・ユースにお勧め賛美動画「I can only imagine」

        ・メールやファックスでの礼拝人数は把握できますが、HPでの人数が把握できませんので、お手数ですがメールで「HPで礼拝しました」と送信してください。

         HP等への掲載は次週までとなります。

メール pastor@akabanechurch.jp fax 03-3901-8990

        ・先週献金くださった方の献金は、本日の礼拝でささげます。

・振替口座に送金される方は、献金種別を記載してください。

          振替口座 00170-7-80756 名義 日本基督教団赤羽教会

        ・ゆうちょ銀行口座に送金される方は、メールなどで献金種別をお知らせください。

          店名〇〇八〔読み方 ゼロゼロハチ〕 店番008

          普通預金・口座番号1978382

       ・会堂掃除(礼拝後・土曜日):礼拝後は〈掃除機〉と〈除菌拭き取り〉、土曜日は可能の方はお願いします。

      ・毎週月曜日の高校生集会(hi-b.a)は2学期もオンラインとなります。https://www.hi-ba.comのイベントページを見て下さい。

・9/13(日)、伝道部会を開催し、10月の「オープンチャーチ」の打ち合わせをしました。次週に皆さんに「祈りの栞」を配布し「連鎖祈祷」を開始します。10/18に横断幕設置、10/20にチラシ新聞折込を予定しています。

・日曜22時から教会前の商店街で撮影したNHKBSドラマ「すぐ死ぬんだから」(原作:内館牧子、主演:三田佳子) 、本日最終回です。

 ④次週予告 ・7時:早朝礼拝

 ・9時 30分:礼拝Ⅰ 説教)大友師 子どもメッセージ)大友姉

 ・10時45分:礼拝Ⅱ 説教)大友師

        ・礼拝以外の集会は休会となります

        ・防災訓練

17.頌栄 新聖歌63(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

18.祝祷

  主イエス・キリストの恵み、父なる神の愛、聖霊の交わりが、あなたがた一同の上 

豊かにあるように アーメン

19.黙祷

日本基督教団 赤羽教会
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