日本キリスト教団 赤羽教会

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[礼拝説教]2020年11月22日聖日礼拝順序 降誕前第5聖日

大友英樹牧師
2020年11月22日
民数記 14章11-25節

2020年122聖日礼拝順序 降誕前聖日

1. 黙祷

2.招詞 詩編1351-

3.頌栄 60(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

4.新聖歌 23(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

5.詩編交読 詩編50:1~6

6.祈り

7.讃美歌504(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

8.主の祈り

9.使徒信条

我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず。 

我はその独り子、我らの主、イエス・キリストを信ず。主は聖霊によりてやどり、処女(おとめ)マリヤより生まれ、ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、死にて葬られ、陰府(よみ)にくだり、三日目に死人のうちよりよみがへり、天に昇り、全能の父なる神の右に坐したまへり。かしこより来たりて、生ける者と死ねる者とを審きたまはん。

我は聖霊を信ず。

聖なる公同の教会、聖徒の交はり、罪の赦し、身体(からだ)のよみがへり、永遠(とこしえ)の生命(いのち)を信ず。アーメン

10.ワーシップソング 主を待ち望む者は(YouTubeで検索してください)

11.教会聖句 使徒言行録1625

12.聖書 民数記14:11~20

13.説教 『とりなしの祈り』(声に出して朗読してください)

 イスラエルの民が「エジプトに帰ろう」と互いに言い合っているとき、モーセとアロンは全会衆の前でひれ伏していました。彼らが互いに言い合っている「帰ろう」とい言葉は、聖書の言葉で「シューブ」という言葉でした。この言葉は、預言者たちがしばしば「神に立ち帰れ」と語ったときの言葉でした。イスラエルの民は「神に立ち帰る」のではなくては、「エジプトに帰ろう」と言う。それは神さまに背を向けることです。背信です。そしてそれこそが人間の最大の問題である罪であります。モーセとアロンはそのようのイスラエルの民を前でひれ伏していました。彼らは祈っていたのです。その祈りが今日の御言葉になります。

 「エジプトに帰ろう」と互いに言い合っている民と、彼らに向かってヨシュアとカレブが「主に背いてはならない」と訴えている間で、モーセとアロンはひれ伏して祈っています。そのとき10節をみると、今まさに民の声が「石で打ち殺せ」とヨシュアとカレブの訴えをかき消すようにして叫ばれるときに、《主の栄光はそのとき、臨在の幕屋でイスラエルの人々すべてに現れた》とあります。彼らは神さまの前で、「エジプトに帰ろう」と叫び、「主に背いてはならない」と訴え、彼らの前でひれ伏していたのです。それを破るように主の栄光が現われて、11節《この民は、いつまでわたしを侮るのか。彼らの間で行われたすべてのしるしを無視し、いつまでわたしを信じないのか》と嘆きと怒りの言葉が語られます。《わたしは、疫病で彼らを撃ち、彼らを捨てる》。そのとき、それまでひれ伏していたモーセが訴えます。それは祈りです。イスラエルの民のためのとりなしの祈りです。モーセの祈りを聞いてみましょう。《モーセは主に訴えた。「エジプト人は、あなたが御力をもって、彼らのうちからこの民を導き上られたことを聞いて、この地方に住む者に伝えます。彼らは、主よ、あなたがこの民のただ中におられ、主よ、あなたが目の当たりに現れられること、また、あなたの雲が民の上にあり、あなたが、昼は雲の柱、夜は火の柱のうちにあって先頭に進まれることを聞いています。もし、あなたがこの民を一挙に滅ぼされるならば、あなたの名声を聞いた諸国民は言うことでしょう。主は、与えると誓われた土地にこの民を連れて行くことができないので、荒れ野で彼らを殺したのだ、と。今、わが主の力を大いに現してください。あなたはこう約束されました。『主は、忍耐強く、慈しみに満ち、罪と背きを赦す方。しかし、罰すべき者を罰せずにはおかれず、父祖の罪を子孫に三代、四代までも問われる方である』と。どうか、あなたの大きな慈しみのゆえに、また、エジプトからここに至るまで、この民を赦してこられたように、この民の罪を赦してください。」》。

 このモーセのとりなしの祈りは、前半が「神さまは、あなたのことはエジプトをはじめとして、この地方に住んでいる人々は聞かされているのです。イスラエルの民にはそのただ中に神が住まわれている。昼は雲の柱、夜は火の柱をもって導かれていると聞かされています。もしあなたがこの民を一挙に滅ぼされたならば、イスラエルの神は力のない神であり、約束を守れない神であり、荒れ野に捨て去ってしまう神であると言われてしまいます」というような、神さまの名声が失われないようにと熱くなっている神さまの熱を冷ますような内容です。

しかしこのとりなしの祈りの焦点は、17節からの後半にあります。本当に神さまに訴えたいこと、神さまにしていただきたいこと、それは《今、わが主の力を大いに現わしてください》ということです。そこでモーセはまず御言葉の約束を握って祈ります。《あなたはこう約束されました。『主は、忍耐強く、慈しみに満ち、罪と背きを赦す方。しかし、罰すべき者を罰せずにはおかれず、父祖の罪を子孫に三代、四代までも問われる方である』と》。モーセはしばしばとりなしの祈りをささげました。よく知られるところでは、出エジプト記32章です。モーセは十戒をいただくためにシナイ山に登ったとき、麓にいた民はモーセが帰ってこないということで、我々を導かれる神を造ってくださいとアロンに頼みます。そこで金の子牛が造られて、「これこそエジプトから導き上った神だ」と祭りを祝います。シナイ山の上では「あなたはわたしの方か何ものをも神としてならない」、「いかなる像も造るな、ひれ伏すな」と十戒をいただいているとき、麓では金の子牛が造られます。モーセは十戒の石の板を投げつけて怒りをあらわし、そして民の民にとりなしの祈りをささげます。34章でモーセはもう一度十戒を刻む石の板をもってシナイ山に登ります。そこで主なる神さま宣言されました。《主、主、憐れみ深く恵みに富む神、忍耐強く、慈しみとまことに満ち、幾千代にも及ぶ慈しみを守り、罪と背きと過ちを赦す。しかし罰すべき者を罰せずにはおかず、父祖の罪を、子、孫に三代、四代までも問う者》。そしてあらためて十戒が与えられました。モーセは民数記のこのところで、あのとき神さまは約束してくださったではありませんか。《主は、忍耐強く、慈しみに満ち、罪と背きを赦す方》。ですから神さまとモーセは祈ります。19節《どうか、あなたの大きな慈しみのゆえに、また、エジプトからここに至るまで、この民を赦してこられたように、この民を赦してください》。御言葉の約束を握って、とりなしの祈りをささげる。これが大切です。どのような御言葉の約束を握っても、とりなしの祈りをささげることができます。例えば、モーセたちが経験した事であれば、出エジプト記15章にある「わたしはあなたをいやす主である」との御言葉の約束を握って、病の癒し、健康の祝福というとりなしの祈りをささげることができます。そういった御言葉の約束の中でも、最も重要な御言葉の約束は、神は罪を赦されるお方であるということです。聖書には様々な形で語られている御言葉でありますが、今日のとこでは《主は、忍耐強く、慈しみに満ち、罪と背きを赦す方》とあります。「神は罪を赦したもう」という御言葉の約束こそが重要です。この御言葉の約束を握って、とりなしの祈りをささげる。それがモーセのとりなしの祈りです。《この民の罪を赦してください》これこそがとりなしの祈りです。とりなしの祈りには、多くのものがありますが、何といっても「罪を赦してください」という祈りこそが、もっとも重要なとりなしの祈りです。

先ほど紹介した出エジプト記32章に、モーセは金の子牛を造って偶像礼拝の罪を犯してしまった民のためにとりなしの祈りをささげました。モーセは祈りました。《ああ、この民は大きな罪を犯し、金の神を造りました。今、もしもあなたが彼らの罪をお赦しくださるのであれば…もし、それがかなわなければ、どうかこのわたしをあなたが書き記した書の中から消し去ってください》。彼らの罪をお赦しください。そのためであれば、わたしの名が消し去られてもかまいませんと祈ります。ここでも同じです。《どうか、あなたの大きな慈しみのゆえに、また、エジプトからここに至るまで、この民を赦してこられたように、この民を赦してください》。

とりなしの祈りは、罪の赦しを祈り求めることです。いったい私たちはどれだけとりなしの祈りをささげているでありましょうか。家族や友人、教会の方々のために名前を挙げて祈っていることでありましょう。それは尊いとりなしの祈りです。しかしいったい罪の赦しを求めて、とりなしの祈りをささげているでしょうか。あなたの家族のために祈るとき、罪の赦しを求めて祈っているでしょうか。父や母のために祈るとき、夫婦のために祈るとき、子どもや孫のために祈るとき、罪を赦してくださいと祈っているだろうか。人間というものは、すべての者が罪の下にあります。イスラエルの民は「エジプトに帰ろう」と神さまに背を向けますが、おおよそ人間というものは、だれ一人神の方に向いているものはいません。皆が背を向けている。そうした罪の中にあるのが人間です。わたしたちはイエス・キリストの十字架の恵みを知り、神の愛を知り、罪の赦しを知り、神に背を向けていたことを知り、ただ恵みによって罪赦されて、神の方に立ち帰る者とさせていただきました。神に背を向けて罪の中にある人間は、神を礼拝することはできません。ただ神に背を向けるのみです。神に礼拝をささげることをしないのであれば、それは罪人であり、神に背いているのです。あなたが祈ってる家族は、罪の中にあるのです。あなたが祈っている子や孫は、神に背を向けて罪人なのです。その罪が赦されなければなりません。その罪が解決されなければなりません。神は忍耐強く、慈しみに満ち、罪と背きを赦す方であります。そのために御子イエス・キリストを十字架にささげて、罪の贖いを、罪の赦しを成し遂げるお方です。このイエス・キリストの十字架にゆえに、「この民の罪を赦してください」、「わたしの愛する家族の罪を赦してください」、「わたしの友の罪を赦してください」。とりなしの祈りは、罪の赦しを求める。神さまはモーセのとりなしの祈りに何とこたえられたでしょうか。20節《主は言われた。「あなたの言葉のゆえに、わたしは赦そう」》。このようなとりなしの祈りをささげる者とさせていただきましょう。

(応答の祈りをしてください)

14献金(後日、礼拝に来られた時に献金してください。教会の口座に送金することもできます)

讃美 新聖歌 196(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

15.感謝の祈り 

16.報告

  ①先週集会 礼拝66名(HP・メール・faxの方を含む)

聖書研究祈祷会 14名

  ②今週の予定 24日:教区教師資格審査委員会

    ホ群常任委員会

25日:キングスガーデン礼拝

聖書研究祈祷会 Ⅰ:司会)熊谷兄 Ⅱ:司会)大沼姉

26日:東京聖書学校講義

北東京シティクリスマス実行委員会

28日:ライフライン(8時・テレビ埼玉)

  ③教会便り ・ユースにお勧め賛美動画「I can only imagine」

        ・メールやファックスでの礼拝人数は把握できますが、HPでの人数が把握できませんので、お手数ですがメールで「HPで礼拝しました」と送信してください。

メール pastor@akabanechurch.jp fax 03-3901-8990

        ・先週献金くださった方の献金は、本日の礼拝でささげます。

・振替口座に送金される方は、献金種別を記載してください。

          振替口座 00170-7-80756 名義 日本基督教団赤羽教会

        ・ゆうちょ銀行口座に送金される方は、メールなどで献金種別をお知らせください。

          店名〇〇八〔読み方 ゼロゼロハチ〕 店番008

          普通預金・口座番号1978382

       ・会堂掃除(礼拝後・土曜日):礼拝後は〈掃除機〉と〈除菌拭き取り〉、土曜日は可能の方はお願いします。

       ・11/15(日)、礼拝後に壮年会主催映画会として「アメージングジャーニー」(2017年)を上映、三位一体の神をユニークに描いた作品でした。教会にDVDがあるのでレンタル希望の方は申し出てください。17名の参加でした。

・本日はアメリカの教会から伝えられた「収穫感謝の礼拝」、教会のカレンダーでは1年の最後の週を迎えます。11/29(日)からはクリスマスを迎えるアドベントに入ります。

・クリスマス礼拝での洗礼希望者は教師まで申し出てください。また転入会希望者も同様にお願いします。

 ④次週予告 ・7時:早朝礼拝

 ・9時 30分:第1礼拝 説教)大友師 子どもメッセージ)赤岩神学生

 ・10時45分:第2礼拝 説教)大友師

        ・礼拝以外の集会は休会となります

        ・クリスマス飾り付け

17.頌栄 新聖歌63(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

18.祝祷

  主イエス・キリストの恵み、父なる神の愛、聖霊の交わりが、あなたがた一同の上 

豊かにあるように アーメン

19.黙祷

日本基督教団 赤羽教会
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