日本キリスト教団 赤羽教会

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[礼拝説教]2021年1月3日聖日礼拝順序 降誕節第2聖日

大友英樹牧師
2021年1月3日
IIコリント 5章16-21節

2021年1月聖日礼拝順序 降誕節第2聖日

新年合同礼拝

1. 黙祷

2.招詞 詩編961~2

3.頌栄 60(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください) 

4.新聖歌 50(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

5.詩編交読 詩編70:2~6

6.祈り

7.新聖歌 227(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

8.主の祈り

9.信仰告白

我らは信じかつ告白す。

旧新約聖書は、神の霊感によりて成り、キリストを証(あかし)し、福音の真理を示し、教会の拠(よ)るべき唯一の正典なり。されば聖書は聖霊によりて、神につき、救ひにつきて、全き知識を我らに与ふる神の言(ことば)にして、信仰と生活との誤りなき規範なり。

主イエス・キリストによりて啓示せられ、聖書において証せらるる唯一の神は、父・子・聖霊なる、三位一体(さんみいったい)の神にていましたまふ。御(み)子は我ら罪人(つみびと)の救ひのために人と成り、十字架にかかり、ひとたび己(おのれ)を全き犠牲(いけにへ)として神にささげ、我らの贖(あがな)ひとなりたまへり。

神は恵みをもて我らを選び、ただキリストを信ずる信仰により、我らの罪を赦(ゆる)して義としたまふ。この変わらざる恵みのうちに、聖霊は我らを潔(きよ)めて義の果(み)を結ばしめ、その御業(みわざ)を成就したまふ。

教会は主キリストの体(からだ)にして、恵みにより召されたる者の集(つど)ひなり。教会は公の礼拝を守り、福音を正しく宣(の)べ伝え、バプテスマと主の晩餐との聖礼典を執り行ひ、愛のわざに励みつつ、主の再び来りたまふを待ち望む。

我らはかく信じ、代々(よよ)の聖徒と共に、使徒信条を告白す。

我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず。 

我はその独り子、我らの主、イエス・キリストを信ず。主は聖霊によりてやどり、処女(おとめ)マリヤより生まれ、ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、死にて葬られ、陰府(よみ)にくだり、三日目に死人のうちよりよみがへり、天に昇り、全能の父なる神の右に坐したまへり。かしこより来たりて、生ける者と死ねる者とを審きたまはん。

我は聖霊を信ず。

聖なる公同の教会、聖徒の交はり、罪の赦し、身体(からだ)のよみがへり、永遠(とこしえ)の生命(いのち)を信ず。アーメン

10ワーシップソング 土の器(YouTubeで検索してください)

11.教会聖句 Ⅱコリント5章18

12.聖書 Ⅱコリント5:16~21

13.説教 『和解の言葉』(声に出して朗読してください)

2021年の教会聖句はⅡコリント5:18の御言葉です。講壇の掛け軸や週報の上欄には新しく翻訳された『聖書協会共同訳』からのものです。礼拝での教会聖句の唱和は『聖書協会共同訳』からのものになります。《神は和解の務めをわたしたちに授けてくださいました》。元旦礼拝でもお話ししました、2021年は赤羽教会の創立70年、戦前の伝道開始からすれば95年となります。この節目の年、記念すべき1年の歩みを進めていくことになりますが、和解の福音、和解の務めということを掲げていきたいと願っております。

《神は、キリストを通してわたしたちを御自分と和解させ》るとありますが、聖書が語るところの和解というのは、罪の赦しが前提であります。赦しのないところに和解はありません。和解は神の与えたもう罪の赦しであります。その和解の務めを授けられている。それがクリスチャンであり、キリストの名によって建てられている教会です。和解の務めが授けられていないクリスチャン、和解の務めから解放されている教会というものはありません。もしそういうことがあるとすれば、クリスチャンではありませんし、教会でもありません。わたしたちには和解の務めが授けられています。

19節は「つまり」と続けて、18節の内容を明らかにしています。《つまり、神はキリストによって世を御自分と和解させ、人々の罪の責任を問うことなく、和解の言葉をわたしたちにゆだねられたのです》。わたしたちにはこの19節は18節の内容を繰り返しているように読めますが、「つまり」とあることからわかるように、単なる繰り返しではありません。18節の方は、「これらはすべて神からであることであって」と語り始めて、この神さまがこういうお方なのですということを語っています。神さまはキリストを通してわたしたちを御自分と和解させるお方です。和解の務めをわたしたちに授けられるお方です。すべてはこのような神さまから出ているのですと語っているのが18節です。それを受けて19節では「つまり」と言って、もっとはっきりと神さまがなしてくださる御業を明らかにしています。そういう意味では、18節よりも19節の方が、パウロが語り伝えたいことであるということができます。神さまはわたしたちに、つまりすべてのクリスチャンに、すべての教会に和解の務めを授けられた。それは具体的には、《和解の言葉をわたしたちにゆだねられたのです》ということです。

和解の言葉をゆだねられたということですが、和解の言葉とは何でしょうか。和解の務めを授けられている。そしてそれは具体的には和解の言葉であるということです。和解の務めを果たすには、和解の言葉が必要であるということです。神さまは御子イエス・キリストを十字架にささげられて、わたしたち全人類の罪を赦してくださり、贖いとってくださいました。十字架に死なれた御子イエス・キリストを復活させてくださり、その十字架の死を贖罪の力をもつ死とされ、このわたしの罪を赦し、罪の支払い報酬である死に勝利してくださり、神の子としてくださり、永遠のいのちに生きるものとしてくださいました。そして神さまはわたしたちのこの和解の務めを授けられました。具体的には和解の言葉をゆだねられました。それは和解の福音を語り伝えるためです。

和解の言葉には、大きく言えば3つのことがあります。第1は御子イエス・キリストご自身です。ヨハネ福音者の最初に何と語られているかご存じだと思います。《はじめに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は、初めに神と共にあった。万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。…言は肉となって、わたしたちの間に宿られた》。ヨハネはイエスさまをロゴス、言と語ります。このロゴスが神であり、肉体をとって人間となられた。ヨハネは御子は神であり、この神なるお方が人となられたロゴス、言であることを強調します。和解の言葉、それはイエスさまご自身であります。イエスさまご自身が、和解とは何かということを明らかにしてくださいました。わたしの十字架が和解なのだ。わたしの十字架があなたの罪の赦しなのだ。神さまの愛なのだ。神さまの恵みなのだ。神さまのギフトなのだ。イエスさまご自身が和解の言葉であります。

二つめは聖書です。使徒言行録にはパウロの伝道を描いているときに、安息日にユダヤ教の会堂に行き、そこで聖書を引用しながら、ここに書いてあることがイエスさまによって成就したのです。聖書が約束しているメシア、救い主はイエスさまですと語っていきます。例えば使徒言行録17章にテサロニケでは《パウロはいつものように、ユダヤ人も集まっているところへ入って行き、三回の安息日にわたって聖書を引用して論じ合い、「メシアは必ず苦しみを受け、死者の中から復活することになっていた」と、また「このメシアはわたしが伝えているイエスである」と説明し、論証した》とあります。べレアの人々は、パウロが会堂で話していたことが《そのとおりかどうか、毎日、聖書を調べていた》ともあります。18章ではコリントでも《パウロは安息日ごとに会堂で論じ、ユダヤ人やギリシア人の説得に努めていた》ともあります。また8章にはフィリポがエチオピアの宦官がイザヤ書53章を読んでいるときに、「読んでいることがお分かりですか」と声をかけて、《聖書のこと個所から説きおこして、イエスについての福音を告げ知らせた》ともあります。

聖書に答えがあります。聖書に神さまがなしてくださった和解とは何かという答えがあります。ヤコブ書1章には《この御言葉は、あなたがたの魂を救うことができます。御言葉を行う人になりなさい》と御言葉の力を教えています。復活されたイエスさまはどうされたでしょうか。ルカ福音書24章に《わたしについてモーセの律法と預言者と詩編に書いてある事柄は、必ずすべて実現する…そしてイエスは、聖書を悟らせるために彼らの心の目を開いて言われた》、ヨハネ福音書5章に《あなたたちは聖書の中に永遠の命があると考えて、聖書を研究している。ところが、聖書はわたしについて証しをするものだ》とも言われます。聖書はイエスさまを証しする言葉です。和解の言葉が聖書にあります。

3つめはメッセージです。英語の聖書では、「和解の言葉」を「和解のメッセージ」と訳しています。和解の言葉は、聖書の言葉のように書かれているだけではなくて、メッセージが語られる必要があるということです。どうして教会では、礼拝のときに、祈祷会でも聖書のメッセージがあるのでしょうか。今日の礼拝は、聖書を朗読して、それを各自が黙想して、聖餐を祝って終わりにしましょうとはならないのでしょうか。

宗教改革者のカルヴァンはこの聖書箇所を次のように解説しています。「教会の仕え人たちは、神がわたしたちと和解したもうたことを、福音をもってわたしたちに対して証言するときはじめて、…わたしたちを神の恵みのうちにいざなうことができるのである。もしこのような証言がかけているならば、残るものはもはやまったく欺瞞だけしかない」。教会で聖書のメッセージが語られないなら、それは欺瞞だけしかのこらない。聖書のメッセージをやめてしまえば、そこには欺瞞の教会だけしかのこらない。Ⅰテサロニケ2:14に重要な御言葉があります。《わたしたちから神の言葉を聞いたとき、あなたがたは、それを人の言葉としてではなく、神の言葉として受け入れたからです。事実、それは神の言葉であり、また、信じているあなたがたの中に現に働いているものです》。聖書のメッセージを神の言葉として聞く。和解の言葉として聞く。それがクリスチャンに、教会に求められることです。聖書のメッセージを聞く喜びがあるクリスチャン、聖書のメッセージを待ち望む教会は幸いです。

最後にもう一度今日の御言葉に目をとめたいと思います。《和解の言葉をわたしたちにゆだねられたのです》。和解の言葉はどこにゆだねられるのでしょうか。「ゆだねる」というのは「置く」という意味の言葉ですから、和解の言葉はどこに置かれているのでしょうか。直訳すれば「わたしたちの中に置かれたのです」となっています。わたしたちの教会の中に置かれたとも言えます。さらにはわたしたちの心の中に置かれたとも言えます。神さまは和解の言葉をわたしたちの中に置いてくださっています。ゆだねてくださっています。自分で探すのではなくて、自分で作るのではなくて、イエス・キリストご自身という和解の言葉が、イエス・キリストを証ししている聖書という和解の言葉が、イエス・キリストを宣べ伝えるメッセージという和解の言葉が、すでにわたしたちの中に置かれています。すでに置かれている、授けられている和解の言葉を、礼拝ごとに置かれ、授けられていく和解の言葉をしっかりと握って、それを用いていきなさい。それが和解の言葉をわたしたちの中にゆだねられる神さまの御旨であります。

(応答の祈りをしてください)

14献金(後日、礼拝に来られた時に献金してください。教会の口座に送金することもできます)

讃美 新聖歌 392(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

15.感謝の祈り 

16.報告

  ①先週集会 礼拝70名(HP・メール・faxの方を含む)

聖書研究祈祷会 休会

  ②教会便り ・ユースにお勧め賛美動画「土の器」

        ・メールやファックスでの礼拝人数は把握できますが、HPでの人数が把握できませんので、お手数ですがメールで「HPで礼拝しました」と送信してください。

メール pastor@akabanechurch.jp fax 03-3901-8990

       ・会堂掃除(礼拝後・土曜日):礼拝後は〈掃除機〉と〈除菌拭き取り〉、土曜日は可能の方はお願いします。

       ・1/1(金)、「元旦礼拝」では新年の教会聖句としてⅡコリント5:18が与えられました。神の御業に用いていただく1年となりますように祈りましょう。

・本日は「新年合同礼拝」です。教会役員会は次週になります。午後からは「ホ群新年聖会」です。YouTube配信ですので礼拝堂で参加できます。パソコンやスマホでも視聴できますので、今日参加できない方は、後日視聴してみてください。

・1/6(水)、「公現日」で東方の博士たちがイエスさまにお会いしたことを祝います。この日までがクリスマスシーズンですので、イルミネーションもこの日まで点灯します。

 ③次週予告 ・7時:早朝礼拝

 ・9時 30分:第1礼拝 説教)大友師 子どもメッセージ)大友姉

 ・10時45分:第2礼拝(成人祝福礼拝) 説教)大友師

        ・礼拝以外の集会は休会となります

        ・教会役員会

17.頌栄 新聖歌63(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

18.祝祷

  主イエス・キリストの恵み、父なる神の愛、聖霊の交わりが、あなたがた一同の上 

豊かにあるように アーメン

19.黙祷

日本基督教団 赤羽教会
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