日本キリスト教団 赤羽教会

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[礼拝説教]2021年2月7日聖日礼拝順序 降誕節第7聖日

大友英樹牧師
2021年2月7日
民数記 25章1-18節

2021聖日礼拝順序 降誕節第聖日

1. 黙祷

2.招詞 詩編911~2

3.頌栄 60(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)     

4.新聖歌 50(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

5.詩編交読 詩編86:11~13

6.祈り

7.新聖歌 382(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

8.主の祈り

9.信仰告白

我らは信じかつ告白す。

旧新約聖書は、神の霊感によりて成り、キリストを証(あかし)し、福音の真理を示し、教会の拠(よ)るべき唯一の正典なり。されば聖書は聖霊によりて、神につき、救ひにつきて、全き知識を我らに与ふる神の言(ことば)にして、信仰と生活との誤りなき規範なり。

主イエス・キリストによりて啓示せられ、聖書において証せらるる唯一の神は、父・子・聖霊なる、三位一体(さんみいったい)の神にていましたまふ。御(み)子は我ら罪人(つみびと)の救ひのために人と成り、十字架にかかり、ひとたび己(おのれ)を全き犠牲(いけにへ)として神にささげ、我らの贖(あがな)ひとなりたまへり。

神は恵みをもて我らを選び、ただキリストを信ずる信仰により、我らの罪を赦(ゆる)して義としたまふ。この変わらざる恵みのうちに、聖霊は我らを潔(きよ)めて義の果(み)を結ばしめ、その御業(みわざ)を成就したまふ。

教会は主キリストの体(からだ)にして、恵みにより召されたる者の集(つど)ひなり。教会は公の礼拝を守り、福音を正しく宣(の)べ伝え、バプテスマと主の晩餐との聖礼典を執り行ひ、愛のわざに励みつつ、主の再び来りたまふを待ち望む。

我らはかく信じ、代々(よよ)の聖徒と共に、使徒信条を告白す。

我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず。 

我はその独り子、我らの主、イエス・キリストを信ず。主は聖霊によりてやどり、処女(おとめ)マリヤより生まれ、ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、死にて葬られ、陰府(よみ)にくだり、三日目に死人のうちよりよみがへり、天に昇り、全能の父なる神の右に坐したまへり。かしこより来たりて、生ける者と死ねる者とを審きたまはん。

我は聖霊を信ず。

聖なる公同の教会、聖徒の交はり、罪の赦し、身体(からだ)のよみがへり、永遠(とこしえ)の生命(いのち)を信ず。アーメン

10.ワーシップソング わが心の目を開いてください(YouTubeで検索してください)  

11.教会聖句 Ⅱコリント5章18

12.聖書 民数記25:1~18

13.説教 『主と同じ熱情』(声に出して朗読してください)

イスラエルの民は40年の荒れ野の旅を終えようとして、ヨルダン川の東側、モアブの平野に宿営しています。モアブの王からイスラエルの民を呪ってほしいと招かれたバラムでしたが、イスラエルの民が見える山の上から語ったのは呪いではなくて、祝福でした。バラムは《あなたを祝福するものは祝福され、あなたを呪う者は呪われる》と語り、さらに《わたしには彼が見える》とやがて現れるイスラエルの王ダビデ、さらにはダビデのすえとしてお生まれになるイエス・キリストが見えると語ります。バラムはモアブの山の上でイスラエルの民を祝福する姿は、かつてモーセがシナイ山の上で神さまに出会い、十戒を授けられていたときのように、恵まれた、祝福されたところでした。

一方、モアブの山の下のモアブの平野に宿営しているイスラエルの民はどうでありましょう。モーセがシナイ山の上で十戒を授けられていたとき、山の下では「モーセはどうなったのかわからない。我々を導く神々を造ってください」と金の子牛が造られて、「これが我々をエジプトから救い出した神でる。主の祭りを祝おう」と飲み食いし、たわむれたとあります。シナイ山の上では十戒が授けられて、その第1の戒めに《あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない》、第2の戒めに《あなたはいかなる像も造ってはならない。上は天にあり、下は地にあり、また地の下の水の中にある、いかなる形も造ってはならない。あなたはそれに向かってひれ伏したり、それに仕えたりしてはならない。わたしは主、あなたの神。わたしは熱情の神である》とありました。シナイ山の上でこのような十戒が授けられているときに、山の下ではそれに従わない、偶像を造り、それを礼拝するイスラエルの民がいました。ではモアブの山の上でモアブが祝福しているとき、モアブの山の下にいるイスラエルの民はどうだったでしょうか。シナイ山のときの同じようなことが起こってしまいました。新約聖書のⅠコリント10章には、旧約聖書の出来事は《彼らが悪をむさぼったように、わたしたちが悪をむさぼることがないために》、わたしたちを戒める前例として、警告として起こったのだと受けとめています。シナイ山での出来事を指して、《彼らの中のある者がしたように、偶像を礼拝してはいけない》とありますし、今日の聖書箇所であるモアブの平野での出来事を指して、《彼らの中のある者がしたように、みだらなことをしないようにしよう。みだらなことをした者は、一日で二万三千人倒れてしまいました》。そうした旧約聖書の前例や警告は、聖書の信仰、キリスト教信仰のひとつの重要なポイントを明らかにします。それは《わたしの愛する人たち、こういうわけですから、偶像礼拝を避けなさい》ということです。偶像礼拝、自分で神々を造る。自然物に神々が宿ると言うように自然崇拝も偶像礼拝です。十戒の第1の戒めと第2の戒めに生きること、それが聖書の信仰です。わたしのほかに神があってはならない。偶像礼拝をしてはならない。

このモアブの平野で何が起こったのでしょうか。ここではシナイ山のときのように金の子牛のような神々を造ったのではなくて、モアブの地にある、さらにはこれから入って行こうとする約束の地であるカナンの地にもある土着のバアルという偶像の神々です。ここにはモアブの女性とミディアンの女性が出てきます。ここはモアブの民が住んでいる地域ですが、ミディアンというのは遊牧民です。しかも最古のラクダに乗る遊牧民ということで、その生活圏はたいへん広大でありました。エジプトにヨセフを売ったのはミディアンの商人でした。それはドタンという地で、カンナの地でも北の方です(聖書地図5)。モーセが40歳の時、エジプトから逃れていったとき、ミディアンの地方に逃れていったとあります。そしてミディアンの祭司の娘ティポラと結婚します。モーセは羊を飼っていたときに神さまに出会います。それはシナイ山のふともです。そこはシナイ半島の南になります(聖書地図2)。遊牧民のミディアン人は、このように広範囲に住み、生活していました。このモアブの地でも、モアブ人のなかでおそらくはよい関係を結びながら生活していたのでありましょう。モアブの民もミディアンの民も、そのような関係からバアルの神々を慕って、拝んでいたのであります。そこで事件が起こります。聖書には災害が起こったともあります。バラムによって祝福されたイスラエルの民、神の民が災害に見舞われたのです。この災害で死んだ者は二万四千人であったとあるので、それは疫病のようなものではないかとも言われます。

このモアブの平野で警告とすべきことは、先ほども申しましたように、聖書の信仰、キリスト教信仰のひとつの重要なポイント、偶像礼拝問題です。今日は2つのことに心をとめたいと思います。第1は偶像礼拝は背信行為であるということです。1節《イスラエルがシティムに滞在していたとき、民はモアブの娘たちに従って背信の行為をし始めた》。もちろん誰に背信するのかと言えば、神さまにであります。具体的には十戒の第1の戒めと第2の戒めに背信することです。聖書はそれが人間の罪であると語ります。神さまに背信をすることができるのは、自由意志が与えられている人間だけです。神さまの愛のゆえに、神の像に創造された特別な存在、しかも神さまのロボットのようにではなくて、自由な者として創造された存在、それが人間です。しかし自由ゆえに、神さまを自分でコントロールしたくなる。わたしたちは神さまを自分で知ることはできません。自分で神さまを見つけることはできません。モーセがシナイ山の麓で、燃える柴に近づいていったとき、モーセは神さまに出会います。「わたしはあるというものだ」、「わたしは主である」とご自身を明らかにされる神さまに出会います。神さまの方から、わたしが神であると御自身を明らかにされるとき、わたしたちははじめて神さまにお会いします。

しかし人間は背信します。偶像を造り、これが神である言う。モアブの地にあるバアルの神々は、豊穣の神々と言われます。それは穀物が多く実るようにという農耕の神々であり、子どもが多く生まれるようにという多産の神々でもあります。イスラエルの民は、モアブの女性たちに誘われて、バアルの神々に犠牲をささげるときに招かれて、ともに食事をし、バアルの神々を拝む。そうした豊穣の神々には、逸脱した性的な営みがつきものであります。こうしたバアルの神々を慕ったゆえに、主なる神さまはイスラエルの民に対して憤られる。神さまはモーセにそういう者は殺してしまいなさいと言われます。そして疫病の災害を送られたのでありましょう。6節には《そのとき、モーセとイスラエルの人々の共同体全体が臨在の幕屋の入り口で嘆いているその目の前に、一人のイスラエル人がミディアン人の女を連れて同胞のもとに入って来た》とあります。神さまの背信に対する憤りに嘆いているさなかに、一人のイスラエル人がミディアンの女性を連れてきます。何のために。奥の部屋に入って性的な営みのためです。このときピネハスが槍を手に取って、二人を共に突き刺してしまうという凄まじい裁きが下されます。偶像礼拝は、すべての神への背信行為のはじまりです。人間の罪の元凶です。自分で神を造ろうとする。自分で神を決めようとする。自分で神をコントロールしようとする。自分の思いのままに、欲のままに生きようとする。その果てが性的な逸脱です。神さまの祝福ではない、槍で突き刺されてしまうほどの背信です。すべては偶像礼拝からはじまります。

もう一つは主と同じ熱情です。10節《主はモーセに仰せになった。「祭司アロンの孫で、エルアザルの子であるピネハスは、わたしがイスラエルの人々に抱く熱情と同じ熱情によって彼らに対するわたしの怒りを去らせた。それでわたしは、わたしの熱情をもってイスラエルの人々を絶ち滅ぼすことはしなかった」》。ピネハスは主なる神さまと同じ熱情であったということです。ピネハスは祭司の家の者ですから、イスラエルの民を代表して、取り成すようにして、槍で突き刺して、主と同じ熱情をあらわしました。11節に繰り返されているのは「わたしの熱情」ということです。「イスラエルの人々に抱くわたしの熱情」、「それでわたしは、わたしの熱情をもってイスラエルの人々を絶ち滅ぼすことはしなかった」。

主なる神さまは熱情の神さまです。ここでの神さまの「わたしの熱情」というのは、十戒の第2の戒めに「わたしは熱情の神である」とあるのと同じです。熱情というのは、ただ熱い思いを持っているということではありません。熱情というのを「ねたむ」と訳している聖書もあります。神はねたむ神である。これも他人の幸せをうらやんでという感情ということではありません。神さまは御自分だけを神とすることを求められるのです。もちろんこの神さましか神さまはおられないのですから、聖書全体からすれば、天地の創造者であり、御子イエス・キリストの十字架と復活の御業によって罪を赦してくださり、救い出してくださり、聖霊によって神さまとの愛の交わりへと招いてくださるところの三位一体なる神さまのみ神さまなのですから、偶像礼拝に走る誘惑にいつでも駆られているわたしに、わたしのみを見なさい。わたしのみを賛美しなさい。わたしのみを礼拝しなさいと神さまは求めておられます。もしわたしが偶像礼拝へと誘われるならば、神ならぬものに誘われるわたしに、それは神ではない、わたしのみが神なのだとねたみを起こされる。わたしのみに祈りなさい、賛美しなさい、従いなさいと熱い思いをもって、熱情をもってわたしを招いておられる。それが熱情の神であり、ねたむ神です。神のみを神とすること、それが主の熱情です。

ピネハスが主と同じ熱情をもった。わたしに熱情と言われる同じ熱情をもった。それは神さまと個人的な交わりから、出会いから生まれます。神さまは「わたしはあなたの神である」とご自身を明らかにしてくださいます。聖書全体からすれば、神さまが御子イエス・キリストによって、「わたしがあなたの神である」と御自身を明らかにしてくださいます。わたしはイエス・キリストを信じて、「あなたはわたしの神です」と告白します。神さまはわたしを熱情によって愛してくださいます。わたしは同じ熱情をよって神さまを愛します。そこに主と同じ熱情をもった愛の交わりが生まれます。

(応答の祈りをしてください)

14献金(後日、礼拝に来られた時に献金してください。教会の口座に送金することもできます)

讃美 新聖歌 343(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

15.感謝の祈り 

16.報告

  ①先週集会 礼拝54名(HP・メール・faxの方を含む)

聖書研究祈祷会 休会

  ②今週の予定  8日:教団常議員会

10日:聖書研究祈祷会 牧師のみ

12日:リバイバル祈祷会(牧師のみ)

13日:ライフライン(8時・テレビ埼玉)

  ③教会便り ・ユースにお勧め賛美動画「土の器」

        ・メールやファックスでの礼拝人数は把握できますが、HPでの人数が把握できませんので、お手数ですがメールで「HPで礼拝しました」と送信してください。

メール pastor@akabanechurch.jp fax 03-3901-8990

        ・先週献金くださった方の献金は、本日の礼拝でささげます6

       ・会堂掃除(礼拝後・土曜日):礼拝後は〈掃除機〉と〈除菌拭き取り〉、土曜日は可能の方はお願いします。

       ・水曜日の聖書研究祈祷会はしばらく休会となりますので、各家庭で時を覚えてお祈りください。

・1/31(日)、礼拝後に「ホ群臨時年会」がオンラインで開催され、80名ほどの参加がありました。

・高校・大学受験にチャレンジしている若いメンバーのために祈りましょう。東京聖書学校の4年生も、今週から2週間かけての教団教師試験が始まります。

 ④次週予告 ・7時:早朝礼拝

 ・9時 30分:第1礼拝 合同礼拝に合流

 ・10時00分:合同礼拝 説教)大友師

        ・礼拝以外の集会は休会となります       

17.頌栄 新聖歌63(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

18.祝祷  主イエス・キリストの恵み、父なる神の愛、聖霊の交わりが、あなたがた一同の上 

豊かにあるように アーメン

19.黙祷

日本基督教団 赤羽教会
〒115-0042 東京都北区志茂2-56-4 TEL03-3901-8939 FAX03-3901-8990
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