日本キリスト教団 赤羽教会

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[礼拝説教]2021年3月21日聖日礼拝順序 受難節第5聖日

大友英樹牧師
2021年3月21日
マタイによる福音書 27章15-26節

202121聖日礼拝順序 受難節第聖日

1. 黙祷

2.招詞 詩編2223-24

3.頌栄 60(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

4.新聖歌 168(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

5.詩編交読 詩編118:1~9

6.祈り

7.新聖歌 104(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

8.主の祈り

9.使徒信条

我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず。 

我はその独り子、我らの主、イエス・キリストを信ず。主は聖霊によりてやどり、処女(おとめ)マリヤより生まれ、ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、死にて葬られ、陰府(よみ)にくだり、三日目に死人のうちよりよみがへり、天に昇り、全能の父なる神の右に坐したまへり。かしこより来たりて、生ける者と死ねる者とを審きたまはん。

我は聖霊を信ず。

聖なる公同の教会、聖徒の交はり、罪の赦し、身体(からだ)のよみがへり、永遠(とこしえ)の生命(いのち)を信ず。アーメン

10.ワーシップソング 父の涙(YouTubeで検索してください)

11.教会聖句 Ⅱコリント5章18

12.聖書 マタイ27:15~26

13.説教 『十字架につけろ』(声に出して朗読してください)

ゲツセマネの園での祈りを終えて、イエスさまは立ち上がり、12人の弟子のひとりであったユダの手引きによって捕らえられてしまいます。イエスさまは大祭司カイアファのところに連れて行かれます。そこで夜にもかかわらず、最高法院が開催されます。それはユダヤの議会であり、裁判所の役割を果たしていたものでした。ただ一つ、ローマ帝国の支配するもとでは、死刑に処するという権限はありませんでした。しかしこのとき、祭司長たちと最高法院の全員は、死刑にしようとしてイエスに不利な偽証を求めたのであります。

すでにマタイ福音書では12章のところに、イエスさまが安息日に会堂で病気を癒されたことがありましたが、そのとき《ファリサイ派の人々は出て行き、どのようにしてイエスを殺そうかと相談した》とあります。ファリサイ派というのは、最高法院のメンバーにも多数を占めてして、聖書にある律法を守ること、そして昔の人々の言い伝えと呼ばれる慣習を重んじる人々でした。ユダヤの中でも一般大衆に影響をもっておりました。イエスさまは5章から7章にある山上の説教でも、《あなたがたの義が律法学者やファリサイ人の義にまさっていなければ、あなたがたは決して天の国に入ることができない》と言われて、「あなたがたはこのように命じられている。しかしわたしは言っておく」と新しい律法をお教えになりました。また23章にはイエスさまが《律法学者たちとファリサイ派の人々、あなたがた偽善者は不幸だ》と批判しています。パウロのように律法学者であり、ファリサイ派でありましたから、両者は重なるところがありました。さらにたびたびファリサイ派はイエスさまを試そうとしたり、どのように言葉尻をとらえて罠にかけようかと相談をはじめます。そのようにイエスさまの教え、行動というものは、ファリサイ派から見れば、イエスさまの方がもっと徹底していたところがあります。ファリサイ派としては、人々がそうしたイエスさまの新しい律法や力強い御業に惹きつけられていくことに警戒をして、《どのようにしてイエスを殺そうかと相談しはじめた》のであります。

ファリサイ派だけではありませんでした。最高法院を構成する祭司長たちや民の長老たちの間でも、同様なことが進められいました。21章でイエスさまがエルサレムに入城されると、「わたしの家は祈りの家と呼ばれるべきである。それを強盗の巣にしている」と言って、神殿から商人を追い出してみ宮清めを行います。翌日、イエスさまがエルサレムの神殿の境内で教えておられると、祭司長や民の長老たちが近寄って来て「何の権威でこのようなことをしているのか。だれがその権威を与えたのか」と問い質しに来ました。ユダヤの最高権威である祭司長と長老たちが直接やってきます。エルサレム神殿の境内ですから、彼らのお膝元ということろです。しかしイエスさまはバプテスマのヨハネのことを取り上げ、二人の息子の譬え、ぶどう園と農夫の譬えを語って微動だにしませんでした。祭司長たちはこのたとえを聞いて、《イエスが自分たちのことを言っておられると気づき、イエスを捕えようとしたが、群衆を恐れた、群衆はイエスを預言者だと思っていたからである》とあります。それから2日過ぎて、26章には《祭司長たちや民の長老たちは、カイアファという大祭司の屋敷に集まり、計略を用いてイエスを捕え、殺そうと相談した》とありますが、《民衆に騒ぎが起こるといけないから、祭りの間はやめておこう》とも語っていました。しかし次の日、木曜日の夜になりますと、急転直下、ユダの裏切りもあって、イエスさまは捕らえられて最高法院に引き立てられることになります。

その夜の最高法院は何人もの偽証人が現れましたが、証拠は得られませんでした。イエスさまはその間、沈黙しています。そして必要なことをひと言言われたにすぎません。《大祭司は「生ける神に誓って我々に答えよ。お前は神の子、メシアなのか」》。イエスさまは答えられます。《それは、あなたがいったことです》。イエスさまは「あなたが言っている通りだ」とお答えになったのであります。わたしはメシアであるとお答えになります。この答えが「神を冒涜した。死刑にすべきである」と最高法院での判決を受けることになります。しかしはじめにお話ししましたように、当時のローマ帝国の支配下ではユダヤの最高法院には死刑に処する権限がありませんでした。そこで正式に死刑にしてもらうために、ローマ総督のポンテオ・ピラトのところに引き渡すのであります。それが今日の聖書箇所になります。

この総督ポンテオ・ピラトの裁判で注目したいことは、「引き渡す」ということです。イエスさまの十字架は、引き渡された十字架であるからです。4つの引き渡しがあります。第1はユダによって引き渡された十字架です。27章のはじめにユダがイエスさまを裏切って得た銀貨30枚を神殿に投げ込んで、首をつって死んだとあります。マタイはこのことはエレミヤ書32章にあることが成就したことなんだと語ります。ヨハネ福音書ではユダの中にサタンが入ったとあります。ユダは12人の弟子に選ばれたわけですが、イエスさまを裏切ってしまいます最後の晩餐の席上で、《あなたがたの一人がわたしを裏切ろうとしている》と言われたように、。イエスさまはそのことを御存じでした。ユダについて語られている聖書をよく読みますと、そこには「裏切る」ということが繰り返し語られています。ユダの裏切りがイエスさまの十字架につながっていきます。27章3節からを読みますと、《そのころ、イエスを裏切ったユダは、イエスに有罪の判決が下ったのを知って後悔し、銀貨三十枚を祭司長たちや長老たちに返そうとして、「わたしは罪のない人の血を売り渡し、罪を犯しました」と言った》とあります。「裏切る」と「売り渡す」というのは、同じ言葉で「引き渡す」と意味です。ユダがイエスさまを裏切ると語られていますが、そこはすべて「引き渡す」ということです。ユダはイエスさまを祭司長や長老たちに引き渡したのであります。

2つめは祭司長と長老たちによって引き渡された十字架です。27章1節から読みますと、《夜が明けると、祭司長たちと民の長老たち一同は、イエスを殺そうと相談した。そして、イエスを縛って引いて行き、総督ピラトに渡した》とあります。祭司長や長老たちは、過越の祭りの間はやめておこうと考えていたわけですが、ユダの引き渡しのおかげで、祭り前に最高法院での審理で死刑が確定しました。しかし祭りの前にすべてを終わらせようとしても、彼らには死刑の権限がありません。そこでイエスさまをローマ総督のポンテオ・ピラトに渡します。この「渡す」というもの「引き渡す」ということです。祭司長や長老たちは、自分たちには死刑の権限がないとの理由を盾にして、日頃は面白くないと思っていたでありましょうが、このときはローマの権力を用いようとします。使徒言行録7章には最高法院でステファノが《天が開いて、人の子が神の右に立っているのが見える》と語ったとき、人々は大声で叫びながら耳をふさいで一斉に襲いかかり、都の外に引きずり出して石打の刑に処しました。イエスさまにだって同じことができたはずです。ヨハネ福音書19章には《わたしたちには律法があります。律法によれば、この男は死罪に当たります。神の子と自称したからです》とありますから、死刑にする権限がないとは建前を語っているのでしょう。イエスさまを自分たちの手ではなくて、ローマ帝国の手によって、使徒信条にあるようにポンテオ・ピラトのもとに、しかも最も残酷な重刑の十字架刑で殺してしまおうと総督に引き渡すのであります。

3つめは総督ポンテオ・ピラトによって引き渡された十字架です。ポンテオ・ピラトは祭りのたびに希望する囚人を釈放していたということですが、このときもそれを利用しようと考えました。《どちらを釈放してほしいのか。バラバ・イエスか、それともメシアと言われるイエスか》どちらのイエスかと問います。それは《人々がイエスを引き渡したのは、ねたみのためだと分かっていたからである》ともあります。19節には妻から「あの正しい人に関係しないでください」と伝言を受けます。ピラトも妻も、イエスさまは死罪にあたるような罪はないと考えていました。ピラトは彼らはイエスをねたんでいるのだと分かっていたにもかかわらず、イエスさまを釈放するために自分の権力を用いませんでした。民衆が希望する囚人を釈放するようにと、民衆に引き渡してしまったのです。あなたたちが決めなさい。バラバ・イエスか、メシア・イエスか。その結果は、民衆はバラバ・イエスを釈放し、イエスを十字架につけろと要求します。26節《そこで、ピラトはバラバを釈放し、イエスを鞭打ってから、十字架につけるために引き渡した》。総督ポンテオ・ピラトはイエスさまを民衆に引き渡したのであります。

最後に4つめは神の民によって引き渡された十字架です。ユダも、祭司長や長老たちも、総督ポンテオ・ピラトも、イエスさまをそれぞれに引き渡して、十字架につかせました。そして最後には群衆が祭司長や長老たちに説得されて「十字架につけろ」を叫び続けます。聖書には「民衆」、「群衆」と出てきますが、いずれも同じ言葉です。しかし最後の25節に《民はこぞって答えた。「その血の責任は、我々と子孫にある」》と「民」とあります。これは違う言葉です。神の民イスラエルです。神の民イスラエルは、待望していたメシアを十字架に引き渡したのです。それは神の民を引き渡したことでもあります。

 イエスさまはこのように引き渡されて、十字架にかけられました。イエスさまは3度にわたってご自身の受難を予告されましたが、エルサエム入城直前に3度目の予告で明確に語られました。《人の子は、祭司長たちや律法学者たちに引き渡される。彼らは死刑を宣告して、異邦人に引き渡す。人の子を侮辱し、鞭打ち、十字架につけるためである。そして人の子は三日目に復活する》。イエスさまは御自身の言葉のごとく、ご存じのうえで、弟子のユダによって、祭司長や長老たちによって、総督ポンテオ・ピラトによって、そして神の民によって引き渡されるままに、「十字架につけよ」と叫び声に御自身を十字架に引き渡してくださったのです。(応答の祈りをしてください)

14献金(後日、礼拝に来られた時に献金してください。教会の口座に送金することもできます)

讃美 新聖歌 108(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

15.感謝の祈り 

16.報告

  ①先週集会 礼拝45名(HP・メール・faxの方を含む)

聖書研究祈祷会 牧師のみ

  ②今週の予定23日:教区常置委員会

        24日:聖書研究祈祷会(休会・各自で祈りをあわせましょう)

        26日:埼京放送伝道協力会

        20日:ライフライン(8時・テレビ埼玉)

  ③教会便り ・ユースにお勧め賛美動画「父の涙」

        ・メールやファックスでの礼拝人数は把握できますが、HPでの人数が把握できませんので、お手数ですがメールで「HPで礼拝しました」と送信してください。

メール pastor@akabanechurch.jp fax 03-3901-8990

        ・先週献金くださった方の献金は、本日の礼拝でささげます

       ・会堂掃除(礼拝後・土曜日):礼拝後は〈掃除機〉と〈除菌拭き取り〉、土曜日はしばらくお休みします。

       ・4月4日まで10時からの合同礼拝となっています。HPやファックス配信も用いてください。本日の教会役員会で今後のことを決定します。

       ・3/28(日)、礼拝の説教者に森下研神学生を迎えます。4月から任地に派遣されるので、祈りをもって送り出しましょう。

・本日、レターケースに新年度の「月定献金」「会堂維持献金」「聖書学校後援会」の各献金袋、また4/4のイースターを覚えての「イースター献金袋」も配布しました。新年度も祈りのうちにささげる恵みにあずかりましょう。

 ④次週予告 ・7時:早朝礼拝

 ・9時 30分:第1礼拝 合同礼拝に合流

 ・10時00分:合同礼拝 説教)大友師

        ・礼拝以外の集会は休会となります

17.頌栄 新聖歌63(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

18.祝祷  主イエス・キリストの恵み、父なる神の愛、聖霊の交わりが、あなたがた一同の上、豊かにあるように アーメン

日本基督教団 赤羽教会
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