日本キリスト教団 赤羽教会

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[礼拝説教]2021年7月18日聖日礼拝順序 聖霊降臨節第9聖日

大友英樹牧師
2021年7月18日
ヨハネ 3章31-36節

202118聖日礼拝順序 聖霊降臨節聖日

1. 黙祷

2.招詞 詩編961~2

3.頌栄 60(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

4.新聖歌 18(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

5.詩編交読 詩編102:16~23

6.祈り

7.新聖歌 141(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

8.主の祈り

9.使徒信条

我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず。 

我はその独り子、我らの主、イエス・キリストを信ず。主は聖霊によりてやどり、処女(おとめ)マリヤより生まれ、ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、死にて葬られ、陰府(よみ)にくだり、三日目に死人のうちよりよみがへり、天に昇り、全能の父なる神の右に坐したまへり。かしこより来たりて、生ける者と死ねる者とを審きたまはん。

我は聖霊を信ず。

聖なる公同の教会、聖徒の交はり、罪の赦し、身体(からだ)のよみがへり、永遠(とこしえ)の生命(いのち)を信ず。アーメン

11.教会聖句 Ⅱコリント5章18

12.聖書 ヨハネ3:31~36

13.説教 『神がお遣わしになった方』(声に出して朗読してください)  

 バプテスマのヨハネがこの福音書で登場する最後のところで、神の御子イエスさまを証しする喜びに満ちていました。《私は喜びで満たされている。あの方は必ず栄え、私は衰えていく》。そして今日の聖書箇所になります。この31節からのところは、わたしたちの読んでいる聖書では、鍵かっこがついていませんから、福音書の著者であるヨハネがバプテスマのヨハネの言葉を受けて、まとめの言葉のように語っているところであります。しかし以前教会でも読んでおりました口語訳聖書では、31節からのところは鍵かっこがついていまして、バプテスマのヨハネの語る言葉となっています。英語の聖書でも福音書の著者であるヨハネのまとめの言葉として訳す聖書と、バプテスマのヨハネの言葉として訳している聖書とがあります。これは新約学者を悩ましていることであります。可能性としてはどちらもあるわけですが、福音書の著者であるヨハネの言葉であっても、バプテスマのヨハネの言葉であっても、どちらにしても、その語るところは変わりません。それはイエスさまとはどういうお方なのかということです。それが34節《神がお遣わしになった方》であります。そこで神がお遣わしになった方であるイエスさまはどういうお方なのかということを取り上げたいと思います。

 まず第1に、イエスさまはただ一度遣わされたお方です。《神がお遣わしになった方》とありますが、「神が遣わした」というのはただ一度、何度もあったということではなくて、後にも先のもなく、ただ一度遣わされたお方であります。ヘブライ人への手紙1章のはじめに、《神は、かつて預言者たちを通して、折に触れ、さまざまなしかたで先祖たちに語られたが、この終わりの時には、御子を通して私たちに語られました》とあります。旧約聖書には何人もの預言者が立てられて、《折に触れ、さまざまなしかたで》神さまのメッセージが繰り返し伝えられてきました。エリヤ、アモス、イザヤ、エレミヤというような預言者が立てられ、何度も何度も遣わされてきました。《この終わりの時には》、それは決定的な、最終的な、究極的な派遣として、御子イエスを派遣されて、《御子を通して私たちに語られました》とあります。それまで何人もの預言者、神の人が遣わされてきました。バプテスマのヨハネもその中に入れることができます。神が御子イエスさまを遣わされたのは、これで終わりにしよう。これまでバプテスマのヨハネに至るまで多くの預言者が、神の人が遣わされてきました。そしてやがて来るべきお方、メシア、救い主を指し示してきました。ヨハネは直接「見よ、世の罪を取り除く神の小羊」と言ってイエスさまを指し示しました。そのお方が、メシアであり救い主であるお方が、神の御子が遣わされた。ただ一度遣わされた。それがイエスさまであります。

 二つめに、イエスさまは神の言葉を語られるお方です。《神がお遣わしになった方は、神の言葉を語られる》。イエスさまが遣わされのは、ただ一度遣わされたのであります。しかしそのイエスさまは神の言葉を語られる。それは「語り続ける」という意味である。イエスさまは2000年前、ただ一度しかこの世に遣わされませんでした。しかしイエスさまは、神の言葉を語り続けているというのです。ヨハネの時代のみならず、私たちが聖書を読んでいる今も語り続けている。

 イエスさまについて今日の聖書では、31節から読んでいきますと《上から来られる方は、すべてのものの上におられる。…天から来られる方は、すべてのものの上におられる。この方は、見たこと、聞いたことを証しされる》とあります。イエスさまが語られること、それは御自身がおられた天から来られて、御父から見聞きしたことをすべて証しされるお方であります。イエスさまの周りに集まってきた弟子たちや群衆たちは、直接イエスさまから教えを受けました。山上の説教や様々な譬えを通して、御父から見聞きしたこと、神の言葉を語られました。律法学者やファリサイ人のようにではなく、権威ある者として語られました。人々はその教えに驚きます。安息日に会堂でイザヤ書61章を朗読されて、この言葉を聞いたときに実現したと語られたとき、人々はその口から出る恵みの言葉に驚きます。《上から来られる方》というのは、3章のはじめにニコデモとの会話で《人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできない》と言われた「新しく」と同じことばです。上から来られる、天から来られるということは、新しく生まれ変わらせてくださるお方、新しく救いたもうお方としてただ一度おいでになり、新しく生まれ変わるために、神さまに救われるために、御父からいただいて神の言葉を語られる。この言葉を受け入れるとき、あなたは新しく生まれ変わることができる。イエスさまは今もそのような神の言葉を語り続けます。

 イエスさまは32節で天にあって見たこと、聞いたことを証しされるとあります。これも神の言葉を語り続けていると同じく、証しし続けているという意味です。イエスさまがただ一度遣わされて、今に至るまで神の言葉を語る続けているということですが、それは証しし続けているとも言えます。イエスさまが神の言葉を語るのは、口で語るだけではありません。ご自身の行為で語られます。ご自身の生涯で語られます。「証しする」というのは、「殉教する」と関連する言葉でありますから、イエスさまが今も神の言葉を語り続けている、証しし続けているというのは、イエスさまの行為、生涯が証しする、そして十字架という殉教へと至ります。今もイエスさまが神の言葉を私たちに語り続けておられるのは、イエスさまの言葉である聖書と聖書が証しするイエスさまの生涯、その十字架の証しのゆえであります。イエスさまの十字架の証しが、今も神の言葉を語っているのであります。パウロが語っていることを思い起こしたいと思います。《十字架の言葉は、滅びゆく者に愚かなものですが、私たち救われる者には神の力です》。イエスさまの十字架が今も神の言葉を語っているのです。

最後に3つめに、イエスさまはすべてを委ねられているお方です。35節《御父は御子を愛して、その手にすべてを委ねられた》。神さまは御子イエスさまにすべてを委ねられた。これもただ一度、一回限り、全部を委ねたということです。イエスさまを天から遣わされるにあたって、神さまはその御旨を御子に語り聞かせます。それはフィリピ2章にあるように、神の救いの御業のために遣わされることであります。《キリストは神の形でありながら、神と等しくあることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の形をとり、人間と同じ者となられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。このため、神はキリストを高く上げ、あらゆる名にまさる名をお与えになりました。それはイエスの御名によって、天上のもの、地上のものすべてが膝をかがめ、すべての舌が「イエス・キリストは主である」と告白して父なる神が崇められるためです》。

神さまは御子にお前を人間として遣わす。僕となって、へりくだって、従順に、十字架の死に至るまで従順であれとイエスさまを遣わされます。神さまは御子イエスさまを私たち人間にお与えになるために、人間と同じ姿でお遣わし下さり、全人類の罪の贖いとして、世の罪を取り除く神の小羊として、十字架にささげる。救いのすべての御業をイエスさまに委ねられる。お前が十字架に全人類の罪の犠牲として、贖いとして死ななければ、人間には救いはないのだと語りつつ、大いなる痛みをもって、すべてをイエスさまに委ねられる。私たちは最後の晩餐の後、ゲツセマネの園でイエスさまが祈られたことを知っています。「この杯を取り除けてください」。十字架を前にして、汗が死の滴るように落としながら、大きな苦しみの中で祈られました。決してイエスさまが十字架にかかられることは容易なことではありません。天においてご自身の遣わされることを聞いたとは言いましても、そのようなプログラムになっていますからと言って、やすやすと十字架の道を歩まれたのではありません。イエスさまがその遣わされた使命に耐えかねて、ゲツセマネの祈りのように、十字架に死に至るまで従順であることができず、そこから逃れることもできました。神ご自身がどうすることもできません。神さまは御子イエスさまを愛するゆえにすべてを委ねられました。すべてはイエスさまに委ねられたのです。

 すべてがイエスさまに委ねられたということは、私たちの救いはすべてイエスさまにあるということです。聖書は御子イエスさまがゲツセマネの園での祈りによって、十字架の道を歩まれたことを語ります。ご自身に委ねられた世の罪を取り除く神の小羊として十字架にご自身をささげられました。《御子を信じる人は永遠の命を得る》との約束のとおりに、わたしがイエスさまを信じ、イエスさまに結びついて洗礼を受けるとき、わたしの内に罪の赦しと永遠の命という救いが与えられています。

(応答の祈りをしてください)

14献金(後日、礼拝に来られた時に献金してください。教会の口座に送金することもできます)

讃美 新聖歌 316YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

15.感謝の祈り 

16.報告

  ①先週集会 礼拝67名(HP・メール・faxの方を含む)

聖書研究祈祷会 14名

  ②今週の予定 21日:聖書研究祈祷会 Ⅰ:14時 Ⅱ:19時30分

22日:ホ群夏期聖会(オンライン配信)

24日:ライフライン(8時・テレビ埼玉)

「聖書チャンネル BRIDGE」でも視聴できます。

  ③教会便り ・ユースにお勧め賛美動画「御顔を拝するために」

        ・メールやファックスでの礼拝人数は把握できますが、HPでの人数が把握できませんので、お手数ですがメールで「HPで礼拝しました」と送信してください。

メール pastor@akabanechurch.jp fax 03-3901-8990

        ・先週献金くださった方の献金は、本日の礼拝でささげます

       ・会堂掃除(礼拝後・土曜日):礼拝後は最終聖日礼拝後に行います。土曜日はしばらくお休みします。       

・今後の礼拝は「早朝礼拝」(7時)・「第1礼拝」(9時30分)・「第2礼拝」(10時45分)となります。

・新しい聖書「聖書協会共同訳」を希望する方は、教師まで申し込みください(70周年の名入れはありません)。

・本日、レターケースに「夏期感謝献金袋」を配布しました。上半期の恵みに感謝しておささげいたしましょう。目標65万円

・「夏の集会案内」を配布しました。7/22(木・休)の「ホ群首都圏夏期聖会」からはじまります。ほとんどがオンライン配信となりますが、教会でも家庭でも視聴できるので、参加してみてください。

 ④次週予告 ・7時:早朝礼拝

 ・9時 30分:第1礼拝 説教)大友師

 ・10時45分:第2礼拝 説教)大友師

        ・礼拝以外の集会は休会となります

17.頌栄 新聖歌63(YouTubeまたは「MP3&詞 聖歌・讃美歌」で検索してください)

18.祝祷  主イエス・キリストの恵み、父なる神の愛、聖霊の交わりが、あなたがた一同の上、豊かにあるように アーメン

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